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グランプリ・ライフ

1999年だから、もうだいぶ前のことだけど、初めてヨーロッパに行った時のことを書いた、フレッシュな記事を発掘してしまった。

MOに入ってたんだよ、MOに。知ってる? 藻。違うよ。MOte mote de komaruの略だよ。違うよ。Motto Okashi wo tabetaiの……。違うよ。Magneto-Optical disk、つまり光磁気ディスクの略だよ。光磁気ディスクは光によって熱を加えた後、磁気で……。

それはいい。

とにかくMOに入ってたこの記事は、ヨーロッパで初めてグランプリとスーパーバイクを取材して、何を見て、何を感じたのかをつらつらと書き留めたスケッチみたいなもので、とりとめがない。ただ、自分で言うのも変だけど、ホントにピチピチしてんなおい!って感じがする。

あの時ヨーロッパに行ってなかったら、今、バイクには乗っていなかったかもしれない。自分にとっては「ああ、大人になってもバイクに乗ってもいいんだな」と思えた、とても大切な経験だった(2001年「クラブヤマハ」会報誌・春夏号に掲載)。


Grand Prix Life
日本人ライダーのチャレンジ


2001年、新世紀という区切りのシーズンを迎え、ヤマハは4つのファクトリーチーム、8人のトップライダー、8台のYZR500を用意して、二輪レースの最高峰、世界グランプリ500ccクラスに挑む。昨年はメーカータイトルこそ獲得したものの、ライダーズタイトルは逃してしまった。ライダーのラインナップには、日本人の名前が3つ。阿部典史、芳賀紀行、そして中野真矢。その名前を眺めると、僕の胸の中に鮮やかな記憶が甦ってくる。


 これは今から2年前、1999年の話だ。
 今どき、2年前の話なんて昔話だが、僕の胸の中ではずっと熱を帯び続けている。古びるどころか、日を追うごとにますます鮮烈に感じられるのだ。

 2年前、僕は単身、初めてのヨーロッパへ出かけた。世界グランプリとワールドスーパーバイク取材のためだ。世界グランプリは、ポールリカールサーキットで行われるフランスGP。ワールドスーパーバイクはモンツァサーキットでのイタリア大会だった。

 まずはポールリカールへ。ツーロンという町でレンタカーを借り、ハイウェイに乗った。制限速度いっぱいの120km/hで走っていても、びゅんびゅん追い抜かれていく。しかし初めての土地で、サーキットの場所も正確には把握していない。目星をつけておいたハイウェイの出口を行き過ぎたたらアウトだ。力の入りかける右足をこらえる。
 ハイウェイを降りると、そこからは山岳路だった。岩山に松の木という、ちょっと日本情緒を感じさせる景色の中を、気持ちのいい中高速ワインディングロードが縫っていく。左手シフトにも慣れてきたし、ちょっと楽しい道だ。サーキットへはほぼ一本道、ハイウェイではストレスが溜まったし、少しだけアクセルを踏む足に力を入れた。

 こんなに気持ちいいワインディングロードを、こんなに気持ちいいペースで走れるなんて。窓を開けて爽やかな空気を車内に満たして、鼻歌でも歌いたくなるような気分だった。
 しかし何気なくバックミラーを見た時、僕の目は点になった。ボロボロの赤いワゴン車が、今まさに僕のクルマを追い抜こうと、思いっ切り接近していたのだ。運転席のおじさんの顔までよく見えたが、白髪頭だった。
 僕なりにそこそこいいペースで走っていたつもりだったのに、おじさんに抜かれるとは、かなり驚いた。しかし初めての右ハンドル車に初めて走る道、単独行、しかも仕事だ。何かあってはいけない。僕はクルマを少し路肩に寄せ、白髪頭を先に行かせた。と、そのボロボロの赤いワゴン車に続いて、白いキャンピングカーまで僕を追い越していった。今度はおばさんが運転していた。

 何なんだよ!

 彼らの後塵を浴びながら、車内でひとり、声を立てて笑ってしまっていた。
 その後、決勝レース日まで何度も同じ道を通った。決勝が近づくにつれて、通行するバイクが増えてくる。ほとんどが大排気量のスーパースポーツモデルだ。どのライダーも、対向車がいようがいまいがお構いなしで、対向車線にはみ出しながら追い抜いていく。対向車も慣れたもので、驚くでもなくやりすごしている。革ツナギの腹も突き出たおじさんが、レッドブルヤマハカラーに塗られたYZF-R1で駆け抜けて行ったりする。しかもタンデムシートにおばさんを乗せて。

 フランスGPは、中野真矢の所属するテック3チームにとって本拠地でのレースだ。グランドスタンドは、当時のメインスポンサー、チェスターフィールドのロゴが描かれ、「19」という数字入り銀色の旗で埋め尽くされていた。ゼッケン19、中野のチームメイトのオリビエ・ジャックはフランス人だが、足の負傷のためレースには出場できない。だがチームの本拠地だけに、サーキットには顔を出していた。
 ライダーたちのスケジュールは、イベントや取材でみっちりと詰まっている。そのうちのひとつ、チェスターフィールドのテント内でのサイン会に同行した。

 テントといっても、サーカスでもできそうな大規模なもので、内部は耳をつんざくばかりの大音量のロックで満たされている。まるでディスコだ。中心に据えられた壇上で中野とジャックがサインしているのだが、行列はぐちゃぐちゃだ。中には後ろから回り込んでくる者もいる。
「オリビエー!」「ナッカーノ!」という野太い男たちの怒号が飛び交う。ジャックの代わりにエントリーした本間利彦も、チームオーナーのエルベ・ポンシャラルも、サイン攻めに遭っている。
 時間が来てテントを後にした中野は、「ナッカーノ! ナッカーノ!」という声に追いかけられる。
「すっごいですよね! 日本じゃ考えられない」
 この年が世界GP初参戦だった中野は、少し興奮気味だった。
「これぐらい盛り上がってると、ライダー冥利に尽きるって言うか、こっちもうれしくなってきますよ」

 走行セッションの合間に、スクーターを借りてキャンプ村に行ってみた。
 バイク、バイク、バイク……。
 スーパースポーツに信じられないほどの荷物を積んで、続々とライダーたちが結集してくる。みんないい年をした男どもばかりだ。ちょっとした通路でウイリーやスピンターンの競り合いをしている。甲高いエンジン音がそこかしこで轟いている。
 阿部典史が、こんなことを言っていたのを思い出す。
「モーターホームじゃうるさくて眠れないこともあるですよ。夜通しどんちゃん騒ぎをやってて……。なんか、ブンブンとエンジンを空吹かししたり、しまには花火を打ち上げたりするんですよね」
 このパワフルな様子からすると、夜も相当な騒ぎなのは間違いなさそうだ。

 その阿部は、グランプリ生活も6年目で、もはやすっかりGPの顔だった。パドックを歩く阿部に、革ツナギに身を固めたいかつい中年の男性が近づいてきて、自分のツナギを指さしてサインを求める。ツナギにはすでに幾人かの選手のサインが書かれている。「ここでいいか?」と素振りで示す阿部に、「ウィ」と男性が頷く。阿部がサインを終えると、男性は髭面をほころばせて去っていく。次には姉弟だろうか、女の子と男の子がサインペンを持って阿部を待っていた。

 この時のレースでは、250ccクラスでバレンティーノ・ロッシが最終ラップでトラブルに見舞われ、ホンダの宇川徹が優勝した。中野は2位。宇川にとっては悲願のGP初優勝だったが、レース後の記者会見にやって来たプレスはまばらだった。
「これしか来ないの?」
 宇川が少し不満そうな表情を浮かべながら、日本語で言う。もしヨーロッパの選手が勝っていれば、プレスの出席率はまったく違ったものになっていたはずだ。事実、スペイン人のアレックス・クリビーレが勝った500ccクラスの記者会見は、これが同じレースかと思うほどのプレスで賑わっていた。
 地元びいきも、ここまでハッキリしていると清々しかった。

 レースが終わった2日後、火曜日にはスペインに移動した。バルセロナからクルマで約30分ほどの海辺の観光地にある、阿部のアパートを訪れるためだった。
 バルセロナ空港には阿部が迎えに来てくれていて、クルマで彼の家に向かった。途中、検問があったが、警察官は阿部を知っていて、「アベだ、アベだ」と何人かがうれしそうに寄ってきた。
 町に入って信号待ちをしていると、いきなりバンバンバン、と運転席の窓が叩かれ、見るとスーパースポーツに乗った若者が親指を立てながら「アベ! アベ!」と叫んでいる。信号が青になると、これ見よがしにウイリーしながら猛ダッシュして去って行った。
「まったく、しょうがないなあ」と阿部。
 よくあるの?
「しょっちゅうですよ。自分で言うのも何ですけど、スペインじゃ結構有名人なんですよ、僕」

 スペインから、イタリアに渡った。ワールドスーパーバイクの取材だ。
 イタリア・モンツァサーキットはごく当たり前のように街の中にあった。公園の中を進んでいくと、サーキットがある。ヤマハのファクトリーチームは2年前から芳賀紀行が参戦しており、旋風を巻き起こしていた。

 サーキットに着いたのはまだ水曜日。のんびりとした空気の中、芳賀は自分のモーターホームを整備していた。隣にモーターホームを構えたピーター・ゴダードに水をかけてからかったりしながら。
 芝生が敷き詰められたスペースに、何台かモーターホームが並んでいる。芝生の上にバーベキューセットを置いて、煙を立ち上らせているグループもある。まるでキャンプ場だ。
 芳賀が所有しているモーターホームはアメリカ製で、シャワールームやキッチン、ベッドルームが付いた大きなものだった。内装も素晴らしく、広さ、豪華さともに日本のちょっとしたホテルでも敵わないほどだ。彼はそのモーターホームで、ヨーロッパの各サーキットを転戦していた。

 いいねぇ。
 思わず口に出てしまう。
「いいでしょ?」
 芳賀がニッと笑う。

 芳賀はヨーロッパの人気者だ。ピットの出入り口となる狭い扉の前には、ファンが垣根を作って芳賀が出てくるのを待っていた。芳賀が出てきても、彼の姿が見えないぐらい背が高い男たちばかりだ。
「アーガ! アーガ!!」
 Hを発音しないので、ハガはアガに聞こえる。ここでも、ポールリカールでの「ナカーノ!」、スペインでの「アベ!」と同じように、男たちが日本人ライダーの名前を懸命に叫んでいた。
 レースはプレスルームでモニターを眺めていたが、とにかくジャーナリストたちが熱い。特にイタリアンがいい走りを見せると大騒ぎだ。実況も、息を吐く間もないぐらい叫び続けている。僕にはイタリア語は分からないけれど、「アーガ!」が連発されていることは分かった。

 このレース中に、芳賀はチビカートをプレゼントされた。自分のヘルメットと同じカラーリングに塗ってある。芳賀が気に入っている様子を見て、カートをペイントした青年は、もう鼻高々だった。
 芳賀は、「トークショーとか、あんまり得意じゃないんだ。英語もイタリア語もそんなにしゃべれないからさ。でも、来ているみんなが、僕が何を言うか一生懸命聞きたがっているのが分かるんだ。尊敬されてることも感じるしね」と言ったことがある。
 ミニカートで颯爽と去っていく芳賀の後ろ姿を見つめるイタリアのファンの眼差しには、確かに憧れと、それ以上の敬意が込められていた。

 これが僕の胸に蘇る、1999年のヨーロッパでのレース取材の断片だ。
 僕は決して国粋主義者ではないけれど、フランスGPで表彰台に日の丸を掲げられた時、自分でも思いがけないほど強く、「ざまあみろ!」と思った。
 海外での日本選手の活躍に心動かされたから……だけではない。
 ワインディングロードを普通のおじさんやおばさんがカッ飛び、スーパースポーツに中年男女がタンデムしてサーキットに向かい、あるいは町のど真ん中にサーキットがある──。そんな土地で育った連中と戦い、勝って、彼らは日の丸を掲げている。そのことが、身に沁みて分かったからだ。

 阿部、芳賀、中野の3人は、幼い頃からサーキットを舞台にして、勝利だけを目標に走り続けてきた。公道ではほとんどバイクに乗らない、いわば純粋培養されたレーシングライダーたちだ。モータースポーツスピリットが、血や肉として脈々と受け継がれている連中を前にしてみれば、純粋培養は決して大きなアドバンテージではない。しかし彼らはその武器だけを手に、立ち向かっているのだ。

 帰国してしばらくはヨーロッパでの出来事について考える余裕もなかったが、半年後、2000年になってから突然、CBR900RRを買ってしまった。
 30歳の僕は、「バイクなんかもう卒業だろう」と、半ば諦めかけていた。大人の乗り物ではない、と思っていたのだ。しかし、ヨーロッパでおじさんやおばさんがブンブンとバイクやクルマを乗り回す様を見て、すっかり焚きつけられていたのだ。心の中でついた火は、熾きとなり、ずっとくすぶっていたようだ。

 1年以上経った今も、まったく乗りこなせていないし、乗りこなせる日が来るとも思えない。だいたい、こんな高性能マシンで気持ちよく走れる場所は、日本には数えるぐらいしかない。数年前には気持ちよく走れたワインディングロードも、「速度落とせ」の看板に埋め尽くされ、段差や溝で切り刻まれてしまった。
 それでも僕は、日本の道を走り続けるだろう。彼らの世界、「アベ! アガ! ナッカーノ!」たちの気分を、少しだけ味わえるような気がするのだ。

おわり。

いやホント、この取材がなかったら、バイクを降りてたかもしれないな。今思い出しても、鼻の奥が甘酸っぱくなる。誰にでもバイクの原体験ってあると思うんだ。オレには3つあって、小4で近所のチャリンコ屋に置いてあったポケバイでブンブン走ったこと、MBX50Fでブンブン走ったこと(これは近々書こうかなどうしようかな)、そしてヨーロッパに行ってバイクでブンブン走る大人たちを見たことだ。

'99年はまだ会社勤めで、当時の上司に「1年分の取材をして来いよ」と言われ、泣きながら行った2週間。皆さんもにほんブログ村 バイクブログ バイク モータースポーツへ←コレを1年分クリックしてもいいんじゃない?

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コメント

ヽ(´▽`)/ こんちわー
今年19になりますが一昨年中免を取り、一年近く待って年上のNSR250Rに乗っています(ちなみに1988モデルです)かわいいです(たまに振り回されますが・・・)
免許取得の前にこのプログを知り(親子バイク教室)などを見ました!
今回のグランプリの記事面白かったです!何よりも見てて楽しいです。
バイクに乗る同年代もいない、乗ってても原付・・だと!?そんな感じです。
もう二輪の黄金時代は来ないのですかね・・・
これからもケニーやノリックの話をどんどん聞きたいですマイク・ヘイルウッドなどの話でもいいですよ(笑)

おまけ
弟が今年で免許を取ります
サーキットや峠でロスマンズのNSRと後方排気のTZRに乗ってる兄弟を見かけたら声をかけてください。
ぼっちでさびしーーー
(´・ω・`)ショボーン

投稿: 猛 | 2012.03.09 23:06

とても読みごたえがあって楽しく拝見しております
まだまだ元気に乗りますリターンおばさんですが (*≧∀≦*)

今やモータースポーツは大人の遊びになっちゃったんでしょうか?
若者の熱気が感じられない今日この頃です
景気も悪い(´Д`)からかな?

MBX是非書いてください(*≧∀≦*)
わたしは九州ツーにVT250にMBX50でくっついて
行った楽しくも苦い思い出がありますwwww

投稿: ねえさん | 2012.03.10 00:50

懐かしいなぁ。と思うと同時に与えられた物に文句しか言わない自分から勝ち取ろうとしない今の多くの日本人とは違うよなぁ。文化が育つってこういった土壌を自分達自身で育てなきゃダメなんだよな。と改めて思いました。あれ?文章がおかしい。

投稿: ラピ雄 | 2012.03.10 11:12

発動機発祥の地(?)だけあって色々スケールがデカイでかいですね(笑)
色々な土地で色々な出会いができるのはとても素敵だし羨ましく思いながら拝読させて頂きました。
愛車で海外、走ってみたいな~

投稿: うめ | 2012.03.14 20:49

>猛さん
いいッスね、兄NSR、弟TZRって。そのままグランプリ行って、ホンダvsヤマハの兄弟対決なんてサイコーじゃん! 貴重な若いライダーなんだから、兄弟で熱くなって峠に散らないように気を付けてくださいねー。

声かけるかけるー。でもどこ?

投稿: ごう | 2012.03.14 21:43

>ねえさんさん
ねえ、さんさん。MBXで九州って愛すべきアホじゃないですか! 実は九州人とかってオチじゃないですよね?

オレのMBXネタなんか九州ツーの前ではかすんじゃうから、やっぱ書くのやーめたとか言いつつ書いたり書かなかったりとテキトーなブログなので、またテキトーに覗いてみてくださいね。

投稿: ごう | 2012.03.14 21:46

>ラピ雄さん
ヨーロッパにはヨーロッパの土壌があって、日本が参考にできる部分もあれば、日本の風土には適さない部分もあるんでしょうね……。とても難しい、けど面白い問題だと思っています。

投稿: ごう | 2012.03.14 21:48

>うめさん
そういやー海外でバイクで走ったことないな。イヤあった。ニュージーランドとマン島ですね。ああ、いろいろ思い出してきた。そういえば面白かった(笑)。「バイク」「レース」みたいなテーマがひとつでもあると、旅もいっそう深まるのかもしれないですね。ヨーロッパでのGP観戦、オススメです!

投稿: ごう | 2012.03.14 21:51

はい峠で粉砕されないように気を付けます。
行く場所は・・・・上野周辺or大垂水デス。

いや、なんか荒川に住んでるのですが荒川を出ると(区内でも)迷子に・・・なる。

ほらあれですよ俺も遠くに行きたいのだけど
猫とか見かけると追いかけてって迷子
ガソリンスタンド探して迷子
コンビニ寄って迷子
チャラいスクーターにちょっかいだされムキになってて迷子
(同じ世代として恥ずかしい)
ショートカット(つもり)で迷子
そもそもバイクを取りに行って下町の迷宮に
迷い込んだり・・・はぁー、迷子迷子毎回迷子ばっかだぜ・・・(#`Д´)

今年は筑波サーキットに一回でも走りに行く!
実はまだサーキットは見たことしか無いんですよ、でも最初見たときにわくわく・ドキドキしました。
初めて遊園地に行った子供みたいにウロウロしてましたよ、なんか小っちゃいころに戻ったみたいだった不思議ですねー
だからたくさんの人にグランプリという文化?を知ってほしいな
そういえば23日のモーターサイクルショーに弟を「載せて」行ってきます、何があるか楽しみだなー。
ロスマンズとインターカラーを着てる兄弟を見かけたら迷子かもしれませんwwwww
助けてあげてください

長文と意味不明なコメント失礼しました、こういう関係ない話はだめですか?

投稿: 猛 | 2012.03.15 04:26

>猛さん
上野って、台東区の上野? 仕事でよく行きますよ。ホーネット見かけたら白煙浴びせてね。

迷子……! 都内は迷子になります。もともと東京生まれ、東京育ちですが、東京に別に思い入れはなく今は埼玉での田舎暮らし。田舎は大ざっぱに東西南北を覚えておけばたいていの場所にはたどり着けるのですが、都内は思っている以上に狭い範囲にゴシャッと集中しているので、ピンポイント精密目標設定をしないとすぐに迷います。嫌い。

筑波……! いいッスね〜。筑波最高ですよ。猛さんは知らないと思うけど、オレがガキのころ、スーパーカーブームがあって、「対決!スーパーカークイズ」ってのを毎週欠かさず観てました。その中で、筑波で2台のスーパーカーがバトルするコーナーがあって。今になって思えばめっちゃ出来レースだったんだろうけど、むちゃくちゃ燃えたんですよね。「いけー、フェラーリ512BB!」とか。そんなこともあって、もうオレの中ではガッツリと筑波=聖地です。初めて走った時はマジで感動したよ。あ、鈴鹿も感動したな。もてぎも。岡山も。SUGOも。袖ヶ浦も。榛名も。本庄も。新東京と猿島と秋ヶ瀬(カートね)も。京葉も関越も(ミニバイクコースね)。茂原も。西浦も。桶川も。トミンも。あとどこ走ったかな? 忘れたけど、とにかくサーキットいいよ! いいよいいよ、関係ない話。ウェルカム!!

投稿: ごう | 2012.03.15 09:44

MBXの記事、楽しみに待ってるぜ!
twitterやめるな!でも休憩はしてもいいと思う。
さ、そろそろ(ネタ作りの)シーズンインです。

投稿: 美坂屋 | 2012.03.15 14:05

>美坂屋さん
そうねー、twitterはテキトーだねー。あ、ブログもテキトーだった……。何もかもテキトーだな……。はぁ……。

投稿: ごう | 2012.03.15 18:14

よしっ!明日こそバイクに乗る!

投稿: おねp | 2012.03.19 00:23

サイクルショー・・・・・サイクルショー
行ったら弟のツナギ買ったよ・・・
か、金が・・・・・⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ピクピク
どうしてあの時店員さんに「いえ、宅急便じゃなくて持って帰りますよヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ」って言ったのがいまだに理解できん・・・
タンデムで雨なのにツナギ持って帰るとか馬鹿なのか?おかげさまで俺の股間がレインボーでしたよ!?
俺のツナギは破けてホンダのロゴすらないのに、弟のはYAMAHAって入ってんの!ロゴ付きで!
あいつ免許持ってないのに(゚Д゚)ハァ?

HONDAブースではロスマンズのジャンバーのおかげで「ホンダの方ですか」と何度か質問されました。
そのたびに「ち、ちがいます。一般のお客さんですっ(´Д`;≡;´Д`)アワアワ」とあまりホンダのところはゆっくりできませんでした。

ってなサイクルショーでした。
つか弟金持ってこいや!

投稿: 猛 | 2012.03.27 22:42

こんにちはごうさん
ここでいつもわめいている猛の弟です。
サイクルショーで兄にツナギを買ってもらいました(v^ー゜)ヤッタネ!!
兄と違い自分はYAMAHAが好きなのでYAMAHA
のロゴ入りのツナギを見たときに欲しいと思いました。ほしいなとつぶやいていたら兄が「買ってやろうか?( ゚Д゚)y─┛~~」
と言ったので驚きました。
ツナギを買ってもらってサイクルショーにも連れてってもらい、いい兄貴をもって幸せだなぁ・・・と思いました。

部屋で兄が財布を見つめてあしたのジョーみたいに燃え尽きていました。

投稿: 智 | 2012.03.27 23:08

>おねpさん
乗っちゃってください!

投稿: ごう | 2012.03.30 13:32

>猛&智さん
何これ実話? す げ ー 兄 弟 愛 ! !「買ってやろうか?」ってナニナニ? 猛どうしちゃたんだよ!! 智やったな!!! いやしかし、驚きました。弟にツナギを買ってあげる兄! こんなええ話があるなんて、日本も安泰ですね(美談のままにしておきたいので、猛さんの最後の「弟金持ってこいや!」は聞かなかったことにしておきます)。

投稿: ごう | 2012.03.30 13:36

し、しまった!最後いらん一言が・・・
⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ピクピク

今年ライセンスを取ろうと考えてるのですが難しいですか?
正直どうすればいいのかさっぱりで・・・
申し込んで講習うけて三時間ほど走れば取得でしたっけ。
なんか記憶が曖昧です
(知識はバリ伝で止まってます)

どうして俺は最後に余計なひと言を・・・

投稿: 猛 | 2012.04.01 00:53

>猛さん
どこのサーキットかにもよりますけど、ライセンスを取ること自体は全然難しくないですよ。小さいコースだと講習だけ受ければOK、デカい本格的サーキットでは実走講義があるけど、1時間とかそんなもんだと思います。いずれにしても各サーキットのHPに掲載されているハズ。チェックしてみてくださいねー。

バリ伝……!? ってことは……?

投稿: ごう | 2012.04.01 01:28

春が来たーッ!

来ましたよ!北海道に春が!
2月に東京に行った時は、堂々と走るライダー達をみて「なんで俺は乗ってないの?」と嫉妬したものでしたが…

俺のターン!北海道の超緩やかな春の訪れを感じながら近所を走ってますよ!トコトコと!まだ怖い!寒い!

投稿: よっちゃん | 2012.04.10 04:18

ふっふっふ。
こけた、春一番でこけた。
ブレーキレバーを見て「お前の心がひん曲がってる証拠だ!」
桜の木の下でつやく4月

チクショー!

こうなったら美人と呑みに行ってやる!
ええ!必ずとも!絶対に!

再塗装して!カウルも綺麗なの買って!レバーも付け替えて!エンジンオーバーホールして!

今年中には綺麗にしてやるからな俺のNSR250 88 rothmans(←こだわる・強調)・・・・

そういえば2stの乗り方がわかりました、2日ほど休みをもらってひたすら練習しました!・・・・アイスですね、アクセル入れすぎると吹っ飛んでって、弱いとダメ。
スー○ーカップ食べる時と一緒!
無理やりだと弟の顔面にアイスが飛んでいき、力が弱いと食べれないorz

機会があれば写真送りますねー!
酔っぱらっててなんだかわからん

投稿: 猛 | 2012.04.11 03:48

>よっちゃんさん
もうだいぶあったかくなってきましたか? 気温も1℃ぐらいとか!?

投稿: ごう | 2012.04.21 00:17

>猛さん
2ストの乗り方は、アイス。勉強になりました!

投稿: ごう | 2012.04.21 00:18

\(;゚∇゚)/

事故った・・・・というか知り合いの方に後ろから「ちゅっ♥」とか生易しいのではなく50~60㌔で(それぐらいのスピードで走ってた)
ノーブレーキで当てられて。
俺の頭の中で
キャリパーが・・・・
チャンバーが・・・・・
ライセンス・・・・
直るか・・・・?
知り合いから「お前のモデルは3000台しかない、プレッシャーに押しつぶされろ」とか「直さないと・・・わかってるな?」とかでした。

心配なのは俺じゃなくてNSRなの・・?
聞いたら「おう」「お前より貴重」「どうせ今回も怪我ひとつないんでしょ?」
・・・・・体は、まぁ何ともなかったのですが

今年中に復活して必ずライセンスを!
不死身のタケル!

投稿: 猛 | 2012.04.23 00:58

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