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アメリカに行った

今まで世界各国をあちこちほっつき歩いていながら、海外の代名詞、海外のオーソリティ、海外の中の海外、キング・オブ・海外、ベスト・オブ……。まぁいいや。とにかく海外といえばこの国・アメリカ合衆国には行ったことがなかった。

しかしある時突然、スポーツ誌・ナンバー編集部のイケメン編集者、モトフッチから電話がかかってきたことで、ユナイテッド・ステイツが急接近したのである。

「ごうさんごうさん、佐藤琢磨選手の取材をお願いしたいんですが」
「いいよ」
「軽いなこのオッサンは……」
「『オッサン』って言ったから仕事しない!」
「はいはい、オッサンじゃないから。……ったく、めんどくせーオヤジだな」
「『オヤジ』って言ったから、やる!」
「ワケ分かんねーよもう……」
(ほぼ実話)

というわけで、取材すること自体は決まったものの、問題は場所だ。

2008年までF1ドライバーだった佐藤琢磨選手は、現在、インディカーシリーズを戦っており、業務的な本拠地はアメリカにおいている。しかし彼が居住しているのはモナコだ。

「取材日がどうなるか次第なんですが、レースウィークに取材してもらう場合はアメリカ・アイオワかカナダ・トロント、レースウィーク以外ならモナコになるかもしれません」とモトフッチ。彼の本名は「渕(フチ)」だが、モトグッツィ・1100スポルトで筑波サーキット1分8秒台の勇者。だから称号・モトフッチなのだ。

「分かった。アメリカかカナダなら行く。モナコなら行かない」
「えっ? 何でですか?」
「アメリカとカナダは行ったことがなくて、モナコは行ったことがあるから」
「そういうことで仕事するしないを決めないの! とにかく琢磨選手サイドに日程調整をお願いしているので、決まり次第連絡しますねッ!」

それから数日経った6月14日、モトフッチから「日程が決まりました」と連絡があった。

KVレーシングチーム広報との話で、アメリカ・アイオワで取材させてもらえることになりました。23日の昼12時にアイオワスピードウェイで30分ほど時間をもらうことになってます。アイオワレースウェイは、アイオワ州都・デモインの近くです」
「え? 九州の温泉地?」
「それは由布院
「ああ、悪魔か」
「それはデイモン」
「元F1チャンピオンの……」
「それはデイモン・ヒル! デモインです、デ・モ・イ・ン!」
「ふうん、初めて聞いたよ。それにしても、30分のためにアメリカまで行くの?」
「そうです!」
「へえ、すごいもんだねぇ」
「他人事じゃなくて、アナタの仕事ですよ! えーと、逆算すると22日に日本を発ってくださいね。飛行機はこっちで用意します。ホテルも自分で予約してください。あ、それからアメリカ入国にはESTAってのが必要なんですけど、それも自分で取っといてください。あ、それからレンタカーも自分で予約しといてください。あ、それから国際免許も自分で取っといてください。あ、それからプレスパスはこっちで申請したから取れてると思うけどダメだったら現地で自分で何とかしてください。あ、それからイケメンな僕は多忙だから同行しないんで、勝手に行って勝手に帰ってきてください。じゃ、よろしく!」

……。
何でもかんでも「自分でやれ」って。
個人旅行じゃねーんだぞ!
仕事で行くのに、あれやこれや手配すんのはめんどくせえじゃねえか。

何もかもが全部完璧に手配されてて、空港に着いたら赤い絨毯がバババーッと敷かれて、侍女とは思えないほどハイグレードな侍女たちがファーッ、ファーッとバラの花びらを撒いてくれて、全長20メートルぐらいのリムジンの中に横向きに座って、ぶっとい葉巻をくわえながらバーボンみたいなカッコいいお酒をチビリと飲んでこそ、取材活動に専念できるというものなのに。

なんつって。

実際は自分でやる方が楽しいし、万一トラブッた時に何がどうなってるか把握しやすい。
でも、めんどくせえ。
あーめんどくせえ。
ホントめんどくせえ。

というわけで、宿とレンタカーと成田の駐車場を予約し、ESTAの申請をし、出発前々日に大宮に行って国際免許を取り、原稿業務を一通り片付けて、よし荷造り開始! かと思いきや、ゲッ、バッツリとBikeJINの原稿書きが残っていたではないか。

ううむ。
しかもこれは比較的時間がかかる原稿だ……。
何とかならねーか?
なるんじゃね?
なるでしょう。
出発前夜、恐る恐る該当原稿編集担当・オノデンに電話してみる。

「ねーねーオノデン、機内で書いてシカゴで送信ってのはダメ?」
「それだと日本時間の何月何日の何時になるわけですか?」
「えーと、6月22日の午後23時ぐら」
「全ッ然ダメッ! 出発前に必ず納品してください。いいですねっ!? ガチャ」

柔道の山下泰裕さんそっくりなオノデンは、いつも柔和な笑顔を浮かべているが、この時ばかりはマジで何ともならねーような口調であった。サバ読みかもしれないけど。

仕方ない。
やるか。

テケテケ。
テケテケテケテケ(キーボードを打つ音)。
テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ。
テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ。
カチッ、カチカチカチカチカチ(よからぬページを巡回する音)。
ハッ(こんなことをしてる場合じゃないと気付いた音)。
テッテケテケテケテケテケテケテケテケテケ(よりハイペースで打鍵する音)。
テケ、テケテケ、パシーン!(リターンキーを打つ音)

できたできたできたよ原稿が!
メールで送〜信〜〜〜ッと!

さーて何時かな。
ゲッ。
朝6時15分じゃん!
あのう、オレ、6時半に出発しようと思ってたんですけど。
しかも荷造りまったくできてないんですけど。

オレが乗る飛行機は、成田11時発のJL010シカゴ行きである。シカゴだよシカゴ。鹿籠。どこにあるのシカゴ? いやでもホラ、よく「国際便にご搭乗の方は、出発の2時間前までに空港に到着しておいてください」なんて言われるじゃん。今から荷造りしてサンバーで埼玉県入間市から千葉県成田市に向かって……って、9時なんかに間に合うわけねーじゃん!

大あわてで、とりあえずシャワーを浴びる。
ホントはそんなヒマねーけど、シャワーを浴びないと原稿書きが終わった気がしない。
儀式みたいなもんだ。

3分でシャワーを終え、荷造りに取りかかる。あわててるもんだから、荷物の取捨選択をする余裕がない。だいたいアイオワがどこにあんのか、どんな気候なのかもサッパリ分からない。短パンから長ズボンまで「とりあえず持ってけー」となるから、4泊しかしないのに小さめのスーツケースがパンパンだ。ドスーンと上に乗っかって無理矢理スーツケースを閉じて荷造り完了! 徹夜だけど飛行機で寝りゃいいや。

サンバーに搭乗したのは午前7時半。予定の1時間遅れだ。ってことは、だいたい10時には空港に着ける。大丈夫大丈夫ヨユーでしょう首都高さえ混んでなければ。

混んでました。

いつもなら外環→首都高5号線→都心環状線→湾岸線ルートだが、5号線が大渋滞している。

やばい。

しょうがないから三郷線経由ルートに変更。大外から回り込むので距離はものすげーロスするけど、渋滞は少ない。行けサンバー! 飛ぶのだサンバー!!

愛用の駐車場、サンパーキングに到着したのが、午前10時ちょうど。空港への送迎バスに飛び乗り、成田国際空港に到着したのは午前10時10分。出発の50分前だった。

あっぶね!

JALカウンターのお姉さんに「50分前って、アウトですか?」と聞いたら、「セーフですよ」とたおやかに微笑むのだった。「国際線だと、だいたい何分ぐらい前までがセーフですか?」「そうですねえ、40分前までには来ていただけると……」

あっぶね。
三郷線も渋滞してたら完全に終わりであった。

まーでも、物事だいたい何とかなるもんだ。国内線・国際線合わせて何度も飛行機に乗ってきたが、だいたいのことは何とかなってきた。

今までは……。

JL010便は順調に11時間50分のフライトを終えた。現地時間午前8時50分、初アメリカ・シカゴに到着である。

ちょっと待て。

6月22日午前11時に成田を出て、22日午前8時50分にシカゴに着くとは何事だ! 時間遡っちゃってんじゃん。おかしいでしょう。時空が乱れているとしか思えない。ホント、時差と変動為替相場制はまったく意味が分からない。

しかし、せっかくシカゴなのに空港では「SATURDAY IN THE PARK」や「STAY THE NIGHT」は流れておらず、地べたに座っている人々がたくさんいた。さすがアメリカ、垢抜けない。

と思ったが、いくら何でも地べた人が多すぎる。何やら様子が変だ。段ボールにくるまって寝ている人もいる。アメリカ人総ホームレース化しているのだろうか。リーマンショックの実態は、かくも厳しいのか……。

全然違った。
どうやら天候不良でフライトのキャンセルが続出し、空港は大混乱しているらしい。

オレはシカゴを午前11時55分に発つアメリカン航空AA3965便に乗り、由布院じゃねぇデイモンじゃねぇデモインに飛ぶ予定だ。ま、今までも何とかなってきたから、今回も何とか……、

ならなかった。
フライトキャンセルである。

以下めんどくさいので空港での顛末を箇条書き。

(1)午前11時、シカゴ→デモイン便がキャンセルに。
(2)「翌日の午後9時発に振り替え」「それまでの便は全部満席」と言われる。
(3)翌日正午にサーキット入りの予定なので、別の移動方法を考える。
(4)デモインで予約しているレンタカーを、シカゴで借りる予約に変更できないか電話で聞く。
(5)「それはできない」とあっさり断られる。
(6)航空会社カウンターで「今日中にデモインに行きたいんだけど何とかならねーか」と聞く。
(7)兄ちゃん、端末を叩き、軽い様子で「OK、今夜10時の便が取れたよ」と言ってくれる。
(8)「ホントか? 確定? キャンセル待ちじゃないよね? 飛べるんだよね?」と何度も念押し。
(9)兄ちゃん、「もちろんだよ!」とニッと笑いサムアップする。
(10)午後9時半、カウンターに行くと、「あなた乗れないわよ」と無愛想なお姉さんに言われる。
(11)「ウソだろ? 兄ちゃんに何度も確認したぞ」と詰め寄るも、お姉さん無愛想のまま。
(12)「キャンセル待ちリストに入ってるわ。そこら辺で待ってて」。愕然。サムアップは……?
(13)午後10時、キャンセル待ちどころか、飛行機が飛ぶ気配ゼロ。「15分遅延」の表示。
(14)午後10時15分、「15分遅延」の表示。
(15)午後10時30分、「15分遅延」の表示。
(16)午後10時45分、「15分遅延」の表示。
(17)午後11時、「フライトキャンセル」の表示。結 局 飛 ば ね ぇ の か よ !
(18)「ホテル取るけど、どうするか?」と言われるが、明朝飛ぶ確約もないので、断る。
(19)再度レンタカー屋に電話。別の人が出る。さっき断られたのと同じことを頼む。
(20)「全然できるよ」と言われる。で き る ん じ ゃ ね ぇ か よ ! 即予約変更。
(21)成田から預けっぱなしの荷物について聞くと「明朝7時にデモインに着く」と言われる。
(22)深夜0時、レンタカーを借りる。モーガン・フリーマン的神がかり系黒人の店員さんが素敵。
(23)夜通し500km運転してデモインへ。荷物は空路、オレは陸路っておかしくね?
(24)朝7時、デモイン空港に荷物を引き取りに行く。
(25)カウンターの巨躯ババァに端末で確認してもらうと、「今日は届かないわよ」と言われ愕然。
(26)「いやいや、朝7時にココに届くって言ってたぜ」とごねる。
(27)別のおばさんが出てきて、別の端末でチキチキと調べ始める。
(28)「今、こっちに向かってるわ。9時頃届く予定よ。バゲッジクレームで待ってて」
(29)バゲッジクレームに行くと、あれ? あそこに置いてあるの、オレの荷物じゃん!?!?!?!?
(30)カウンターのオバハンに「あれ、オレの荷物」と言うと、「じゃ、持ってって」
(31)「ちなみに荷物、いつ届いてたの?」。パチパチと端末操作。「昨日の夜ね」。!?!?!?!?

一連の出来事で、オレはアメリカについて、3つ理解した。

◎人によって言うことはマチマチ。
◎端末操作で安心してはならない。
◎何事もあてにならない。

飛ぶ、飛ばない。
届く、届かない。
乗れる、乗れない。
借りられる、借りられない。

人によって言うことがまるで違う。
何もあてにならない。

それにしても米国のコンピュータシステムはどうなっているのだろうか。パチパチ打って難しい顔して眺めていた画面には、何の情報が表示されていたのだろうか。サムアップしたお兄さんは、端末にしっかり入力しながら「ああ、間違いなく乗れるよ」と言った。デモイン空港の巨躯ババァも端末を操作して「今日はあなたの荷物、届かないわよ」と言った。別のおばさんは違う端末を見て「今こっちに向かってるわ」と言った。バゲッジクレームのオバハンはまた違う端末で「昨日の夜に届いてたわよ」と言った。

コンピュータって、ITって、いったい何なんだろうか……。

シカゴ空港でのゴタゴタと、夜通しの運転。ホテルに到着した時には、家を出てから40時間以上経過していた。パタゴニアかよここは……。

しかも3時間後には、どこにあるか分からないアイオワレースウェイに行かなければならない。佐藤琢磨選手のチーム広報、ケビンさんとの約束だ。1時間でもいいから仮眠だ仮眠……と思った時、連絡が入った。

「今日はタクマはいない。明日の午後4時に来てくれ」

◎何事もあてにならない。
ザッツ・ユナイテッド・ステイツ。
やれやれ。by 村上春樹

その日の夜、佐藤琢磨選手と食事をする機会に恵まれた。F3時代から彼を撮りまくっている著名なカメラマン・松本浩明先生が取り持ってくださったのだ。先生とは細く長い付き合いだが、柔和で優しく温かなお人柄で、4輪トップフォーミュラ初取材のオレにとてもよくしてくださった。

琢磨選手とは初対面だったが、松本先生のおかげで話も弾み、イタリアンを食べながらのインタビューは4時間近くに及んだ。翌日以降、アイオワレースウェイでも予選前と決勝後に話を聞かせてもらい、延べ約5時間半のインタビューを完遂。さらに彼のスポッターを務めるロジャー安川さんにもインタビューさせてもらい、意気揚々と日本に引き揚げたらものすごい湿気でブッ倒れそうになったのだった。

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初めて行ったアメリカ、初めて見たインディカーレースはどうだったかについては、いずれこのブログに書いたり、書かなかったり。

延べ6日、インタビュー総計6時間、A6・96ページのノート1冊分のメモを取りまくった今回の取材。たった4ページ、20文字×240行、読んだら5分のコンパクトな記事になり、本日7月21日発売のナンバー783号「非エリートの思考法。オールジャンル編」に掲載されています。ご一読いただき、「ふうん。裏ではすっげードタバタしてんだな」と思っていただけると幸いです。そして「どこにもバイクの話が出てこないけど、大変だったみたいだしまぁいいか」とこちらにほんブログ村 バイクブログ バイク モータースポーツへをクリックしていただけると、筑波サーキット第2ヘアピンでスッ転んで肩を傷め周りに大迷惑をかけたナンバー編集部随一のイケメン最速編集者・モトフッチの回復も早まるものと思われます。

Follow 5Takahashi←たまに。

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コメント

今晩は!
この記事を読んで久々にNamber誌を買いました。
GOさんの記事の様々な苦労・・・は
内容の面白さで全く意識せず読み切りましたwスイマセン

いつかどこかのサーキットで、出来ればコース上でお会いしたいと思ってますが
筑波は遠い・・・(泣)

投稿: 青森の青FZS | 2011.07.26 20:21

>青森の青FZSさん
わおー、わざわざありがとうございます! 筑波の王者・モトフッチも喜んでいると思います。青FZSさんも、ぜひ青森から自走で筑波まで来てひとっ走りして軽やかに帰っていくぐらいの雰囲気でお願いします!

投稿: ごう | 2011.07.27 00:18

Number最新号購読しました。
この軽薄な(失礼)ブログとは裏腹に、じっくり読ませてくれて面白かったです。
それにしても、たった見開き4ページのためにライターをアメリカに取材に行かせるなんて、さすが文藝春秋。Goさんのブログを読んでなければ、わざわざアメリカまで話を聞きに行ったんだよ、っていうことを感じさせないさり気ない文面もさすがです。
Goさんは四輪のモータースポーツも守備範囲なのですね。感服しました。でも、F1とはいえ凡庸な成績しか残せなかった佐藤選手より、WGP250ccでチャンピオンをとった青山選手を取り上げたほうがよかったような気も。ただ、これは編集サイドの方針だから仕方ありませんね。Goさんの今後のさらなるご活躍をお祈りしてます。
あ、そうそう、このアメリカ珍道中でしっかり成果を収めてきたGoさんは英会話もペラペラなんですね。さすがです。

投稿: 黄FireStorm | 2011.07.28 21:27

>黄FireStormさん
お読みいただいてありがとうございます! そうですよね、アメリカで取材してる雰囲気は微塵もないですね……。珍道中記と初めてのインディカーレース参戦、じゃない、観戦、気が向いたらブログに書こうと思ってます。

投稿: ごう | 2011.08.21 14:04

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