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攻めることの意味。

中須賀克行は、落ち着いた表情をたたえていた。
懸かっているものの重さは、一切関係ない。
ただひたすら、勝つことだけを考える。
これは、いつも通りのレースに過ぎない──。
彼はそう思っていた。

BiG MACHINE誌 2010年12月号掲載)
(撮影:真弓悟史 文:高橋剛)

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YSP Racing Team with TRC 中須賀克行

攻め抜いた先にあるもの

 そのピットには、とても静かな時間が流れていた。頭上では、ST600クラスの表彰式が行われている。拍手も歓声も、ピットの中には届かない。中須賀克行がヘルメットをかぶり、グローブを着ける。胸に手を当て、目を閉じる。いつもと何も変わらない、祈りの儀式だ。
 シャンパンの飛沫が、ボタボタと大きな音を立てて落ちてくる。勝者に捧げられた称賛の香りが、ピットにふわりと漂う。今、中須賀が何よりも求めているもの。その残り香を掻き分けて、彼はYZF-R1を発進させた。
 直撃が予想された台風14号はすでに足早に過ぎ去っていたが、居残った低気圧の影響で、空は厚い雲に覆われている。冷たく、重い空気が充満した鈴鹿サーキットで、全日本ロードレースは最終戦を迎えていた。JSB1000クラスは、午前と午後に2度のレースが行われる。いわばボーナスステージといった位置付けだった。
 午前11時すぎ、第1レースがスタートすると、中須賀は秋吉耕祐と伊藤真一に続く3番手につけた。トップを行く秋吉が速い。伊藤と中須賀を引き離し、独走しようとしている。伊藤がそれを阻止すべく追いすがる。このふたりがハイペースでレースを引っ張る。
「これはキツいな」
 中須賀はそう思っていた。マシンの特性は理解している。スタート直後は、予定通りペースを抑えた。それでもなお、3周目あたりからかなりきわどい状況にあった。
 しかし中須賀に、2台の先行を許すつもりはまるでなかった。彼は目の前の伊藤を見ていない。少し先にいる秋吉すら見ていない。ふたりの先にあるもの、ただそれだけを見据えていた。
 5周目には1秒2まで広がっていた伊藤との差を、じりじりと詰めていく。6周目、1秒差。7周目、0.8秒差。8周目、0.5秒差……。ギリギリの走りにタイヤがスライドする。
 恐怖心はなかった。自分のマシンに起きているすべての現象が、確実に分かっていた。ラップタイムが落ちてもおかしくない状況なのに、不思議なほどダイレクトにマシンの状況が把握できている。リズムもつかめてきた。いつもよりレベルが高いライディングをしている自分に気付く。

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 さらに伊藤に接近した9周目。中須賀は逆バンクコーナーでマシンコントロールを失った。カウルと路面が接触し、カシャッという乾いた音がする。
「やっぱりそうか……」
 周回数とラップタイムの兼ね合いで、相当リスクが高いことは分かっていた。しかし中須賀に、守りのライディングをする気はなかった。攻めて、攻めて、攻め抜く。その結果としての転倒なら、後悔はまったくない。
「やり切ったぞ」
 スポンジバリアに寄りかかり、達成感さえ覚えていた。このリタイヤでほぼ手の内から逃げてしまった大きな記録のことは、あまり考えなかった。
 中須賀にとってこのレースは、'08年、'09年に続き、JSB1000クラスの3連覇を懸けた戦いだった。達成すれば、史上3人目の快挙となる。記録の重みを跳ねのけて、彼は攻め切ったのだった。

勝利へのこだわり

 舞台は、中須賀が得意とする鈴鹿サーキット。ポイント争いは、2番手に6点差をつけての首位だ。事前テストでは自己ベストタイムを更新し、トップだった。手応えは悪くない。しかも最終戦は2レースが行われる。両レースを着実に上位で終え、より多くのポイントを稼げばいい。3連覇はすぐ目の前にあった。
 しかし当の中須賀は、まったくそう思っていなかった。
「ポイントより、表彰台の頂点だ」
 そう考えていた。
 もちろん、3連覇を意識してはいた。全日本ロード最高峰クラスの3連覇は、'83〜'85年に平忠彦、'87〜'89年に藤原儀彦が成し遂げている。いずれも中須賀にとっては先輩にあたるヤマハライダーによる偉業だ。そこに自分の名を並べたいという思いはあった。
 しかし中須賀には、連覇以前の大きな問題があった。それは今季、1勝も挙げていないことだった。
 シーズン開幕前テストの転倒で負傷し、前半戦は思うようなライディングができなかった。折り返しとなるスポーツランドSUGOでの第4戦は、マシントラブルに見舞われて6位に終わった。なかなかリズムがつかめなかったが、それでも最終戦までの6レースで2位2回、3位2回。2年連続王者としての自信と経験が、苦しい中でも確実に中須賀を表彰台に立たせ、ポイントランキングトップの座に押し上げていた。
 だがそれは、彼が本来求めているものではなかった。ただひたすら、勝ちたかった。
「勝ち星のないチャンピオンなんて、あり得ない」と、中須賀は言う。
「優勝を狙って120%の力を出し切っても、2位にしかなれない時があるぐらい、戦いは厳しいんです。2位や3位を狙っていたら、2位にも3位にもなれない。そんな悠長なことは言っていられない」
 この徹底した勝利へのこだわりが、最終戦第1レースの転倒を招き、3連覇を逃した、とも言える。あの場面では、ポイントを重視した守りの走りも、あり得たのではないか……。
 だが、中須賀は「そうじゃない」ときっぱりと否定する。
「そうじゃないんです。勝ちを狙い続けてきたからこそ、連覇が狙えるあの位置にいられたんですよ」
 チーフエンジニアの水谷清孝も、まったく同じことを言った。
「例え3連覇が懸かっているレースでも、勝ちを狙う我々の姿勢はぶれなかった。中須賀があのポジションを走れたのは、勝利をめざしていたからなんです。その結果としての転倒なら、悔いはまったくありません」
 レーシングライダーとチームのベクトルは、完全に一致していた。

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「人の上に立とうって言うんですからね」と中須賀。「プロの中で1番になるんですから、並大抵のことじゃないですよ、勝つっていうのは。1度でも『こんなもんかな』というなぁなぁのレースをしてしまったら、攻めていけないライダーになってしまう」
 3連覇の先達である藤原儀彦は、中須賀の第1レースを見て、「やっぱりレーサーだな」と思った。「レーサー」とは、目の前の勝利を追い求めて攻める姿勢を指している。
「若いと、無理してでも勝ちに行っちゃうんですよね。今の僕なら『絶対3連覇しておいた方がいいんじゃない?』って言いたくなるかな」と笑う。
「でも、僕自身が3連覇した時も、中須賀くんと同じように勝ちにこだわってましたよ。『3位でいいや』じゃなかった。ギリギリの走りで攻めることで、自分を高めていく。勝ち続けるには、それしかないんです」
 第1レースで転倒するまでの数周、中須賀は今まで経験したことがない高いレベルの走りをしている自分を知った。「走り方が変わったことは確かだけど、うまく口では説明できないんですよ。何がそうさせたんだろう……」と、今はまだ不思議な領域だ。それがやがて、当たり前になる時が来る。それを繰り返しながら、前に進んで行く。

何も失っていない

 午後3時すぎ、第2レースは雨の中でスタートした。中須賀は再び秋吉、伊藤に続く3番手に着ける。しかし雨で状況は変わっている。今度はふたりの大きな先行を許し、亀谷長純、柳川明との3位争いを展開していた。
 3周目、中須賀が得意としているシケインへの進入で、亀谷に抜かれる。その翌周、同じ場所で抜き返す。スリッピーなレインレースで、誰にも余裕などない。あちこちでスライドを起こすリスキーなコンディションだ。
 7周目、スプーンカーブで柳川明にかわされ、中須賀は4番手になる。雨量が増えてきた。走りのリズムが崩れる。いったん1秒8まで差が開く。今の状況下での走りを、組み立て直す。そして、追い上げる。10周目には柳川を抜き返し、再び3番手に上がる。先行しているふたりは、水しぶきすら見えない。ペースは自分で作っていくしかない。
 集中していた。トップも2番手も、もう視界には入らない。しかし、勝利をめざす気持ちは微塵も変わらなかった。強まる雨の中、中須賀はまったく諦めることなく、ひたすら攻め続ける。
「攻めれば攻めるほど、ライダーが原因の転倒は減る」と中須賀。「前を追いかけるのを止めた時とか、ふっと集中力が切れた時に転んでしまいやすい。過去に何度もそういう経験をしています。だからとにかく攻めた」

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 第1レース、リタイヤ。第2レース、3位。総合ランキング、5位。淡々と結果だけ並べれば、敗北としか言いようがなかった。チームマネージャーの平忠彦は、「勝負事は難しいですね」とつぶやいた。
「死力を尽くした結果ですから、致し方ない。第1レースのリタイヤも、勝利への強い意志の表れです。私も経験上分かりますが、重圧は大きかったはず。その中で力を出し切ってくれた中須賀選手を、頼もしく思います。
 チームとしては、シーズンを通して勝利が挙げられなかったことが非常に残念。原因を精査し、悔しさも含めて来年に向けた力に変えていきたい」
 チーフエンジニアの水谷は、「終わったレースのことで『たられば』を言っても仕方ないんですが」と前置きしてから、こう言った。
「仮に第1レース3位、第2レース3位といったかたちで3連覇を達成したとしても、ライダーの満足感は薄かったと思う。チームとしてもまったく同じです。だから、連覇が成し遂げられなかったことに関しては、本当に悔いはありません。ただ、勝てなかったことが何よりも悔しい。勝つためには、速さだけではない武器が必要です。ライバルが進化していく中で、我々には足りないものがあった。
 それでも、中須賀は攻め切ってくれましたからね。我々は、何も失っていないんです」
 レースを終えて1日経った中須賀は、さばさばとした様子だった。そして、「僕のレベルなんか、まだまだですよ」と言った。てらいのない率直な言葉だ。
「平さんや藤原さんは、本当に凄かったったんだなあって、つくづく実感してます。当時は速いライダーが今以上にわんさかといて、その中で成し遂げた3連覇ですからね。僕なんか、本当にまだまだ。やらなくちゃいけないことが山積みです」
 一昨年、そして昨年と自ら達成した2連覇など、もうすっかりなかったことになっている。
「やらなくちゃいけないことは何かって? 意外と普通なことですよ」と笑う。ひとりのチャレンジャーとして、ただそこにいる。確かに彼は、何も失っていない。
 新しい戦いの日々が始まろうとしている。めざすのは、称賛の香りが芳しい、シャンパンの飛沫だ。

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P R O F I L E
1981年、福岡県北九州市出身。ポケバイ、ミニバイクレースを経て、'97年からロードレースに参戦。西日本選手権&エリア選手権125ccクラスでチャンピオンに。'00年から全日本ロードレース250ccクラスにフル参戦を開始。'05年から最高峰のJSB1000クラスに参戦し、'08年、'09年と2年連続でチャンピオンの座に就いた。

※上記記事のPDF版がこちらからダウンロードできます(ワイズギアサイト内・PDFファイルへの直接リンクです)。プリントアウトしてトイレやお風呂でじっくりこってり読みたい方にオススメです。

後記:
全日本ロード間もなく開幕記念掘り起こし原稿第1弾。2010年、全日本最終戦の話。中須賀選手には、8耐も含め何度か取材させてもらっているが、そのつどカッコいい姿を見せ付けられてイヤになる(笑)。いや〜っ、ホントにカッコいいぜ中須賀! っていうか、みんな大なり小なり、こういうドラマを背負ってるんだ。レースってホントにいいなぁ(ぽわわわ〜ん)……。ここには、伝えるべきことが山ほどあるよ……。にほんブログ村 バイクブログ バイク モータースポーツへ

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