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子供の誇り 〜初めてバイクに触れた子供たち〜

1998年6月27日、埼玉県で行われた地球元気村の「つどい」。
その中で、親子バイク教室が開催された。
参加したのは、17組の親子。
子供たちは緊張していたのか、
少しおとなしく、行儀はよかったけれど、
その瞳には、誇らしげな輝きが宿っていた。

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(Y.E.S.S.会報誌「WAY」1998年8月号掲載)
(撮影:高島秀吉 文:高橋剛)

PROUDLY KIDS

 10台のPW50が広場に並んだ。角のないコロコロとしたスタイリングを見ると、「バイク」というよりも「ばいく」と言いたくなる。それが、10台並んでいる。とてもイノセントな光景だった。子供のためだけに考えられたこの乗物は、周りの空気をふんわりしたものにする。スタッフは、てきぱきと手慣れた様子で会場を設営していく。
 そこに、地元・上吉田小学校の自転車軍団が乱入してきた。学校指定の黄色い帽子を被った、3人のワルガキどもだ。広場の入口の下り坂を重いギアで駆け下りてくると、いきなりリヤブレーキターンに失敗し、すっ転んでジャージのケツの部分を溶かしている。
 笑えた。コイツら、バカだ。いるんだよな、こういうヤツ。でも、尻をさすりながらバツが悪そうにしている姿は、20年前の僕と完璧にオーバーラップする。
 おう、こういうガキ、まだいやがったのか。まだ元気にチャリンコで走り回っていやがったか。
 僕はすっかり楽しくなった。楽しくなったついでに、自転車を借りてブレーキターンを決めてみた。ほぼ180度回転する完璧な出来映えで、こうやるんだよ、と振り返ってみると、ガキどもはもう他のことに気を取られて、見向きもしてくれない。
 ワルガキどもは、最初、遠巻きに親子バイク教室を眺めていた。目には「何だぁおめえら。何してんだ?」という興味の光が満ち満ちているのに、態度では無関心を装っている。勝手に会場の机をひとつ占領して、ゲームボーイで遊んでいる。
 しかし、スクールの最初の組がPWのエンジンをかけ、その音を聞いてしまうと、もはや無関心を装う余裕はなくなった。大騒ぎの結果、彼ら3人のうちのひとり、ユキヒロが2組目に参加することになった。あとのふたり、トシヤとマサトは、キッとした目で「オレは乗らない」と言った。
 ユキヒロは、スクールが終わりヘルメットを脱ぐと、汗を拭おうともせず、「もっかい乗りてぇ。ねぇねぇ、もっかい乗らせて?」とせがんだ。
 だめ〜、ひとり1回!
「もっかいだけならいいだろ、ケチ! 何でダメなんだよ」
 真っ正面から何で、と言われると、一瞬こちらも返事に困る。規則だから、なんて言いそうになったが、いやな言葉だ。結局僕は、話をそらすことしかできなかった。
 面白かった? バイク。
「ん? 面白かった」
 怖かっただろう?
 ユキヒロは、アゴを上げると、フン、という様子で言った。
「全然怖くねぇよ、こんなの!」
 すっごい真剣な目、してたくせに。
「怖くなんかねぇよ」
「こんなだせぇバイク、怖くなんかねぇよな」
「チャリンコと変わんね」
 トシヤとマサトも生意気を言う。
 まったく!
 ボウズ頭をグリグリしたくなる。

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 風間深志が主宰する地球元気村は、1988年に発足した組織だ。「つどい」と呼ばれる野外でのさまざまな遊びを通じて、「元気な人」を育成するのが大きな目的となっている。その理念に賛同して、Y.E.S.S.では「つどい」の会場で、親子バイク教室を用意。その第1回が、6月27日、埼玉県秩父郡吉田町で開催された。
 バイク業界の中には、多少ではあるけれど、いつでも後ろめたさがある。日本でのバイクの社会的認知度の低さがそうさせるのだろう。バイク関連のイベントでは、参加する自分も含めて、いつもそんなやりきれなさを感じる。
 しかし、この教室に関して言えば、開催する側にも、参加する側にも、何の後ろめたさも緊張も気負いもなかったように見受けられた。
 子供は、大人に対して大きな影響力を持っている。角のないPW50のフォルムにも、それは見事に現れていた。純粋で、無垢で、どうしようもなくかわいい……。そのPWを使って、子供たちのために開かれる教室だ。雰囲気は、とても和やかだった。バイクのイベントというよりも、運動会に近い空気だ。
「こんなにかわいいバイクがあるなんて、知りませんでした。バイクって、もっと怖い乗物かと思ってました。ホラ、暴走族とか、ねぇ」
 あるお母さんが言った。確かに暴走族はこの業界に大きな影を落としている。しかしそれを聞いた僕は、今時、暴走族の方がよほど分かりやすいのではないか、と言いたくなった。
 もちろん暴走族の肩を持つわけではない。バイク乗りとしても、あの騒音や行動や許しがたいものがある。だが、行為の意味だけを取りだしてみれば、思春期の、自分でも扱い切れないエネルギーの発散のかたちとしては、非常に分かりやすいものだ。彼らは誰にでも分かる方法で──残念なことに、それは他人に迷惑をかけているけれど──、自らの葛藤を外に向かって表現している。
 しかし最近の子供たちからは、そういう分かりやすさが失われつつあるのではないか。もっと深く、暗いところに沈潜してしまっている。そしてある時、ある引き金で、内部に溜まっていたエネルギーが暴発する。あるいは暴発しなくても、子供の内部で何かが浸食されていく。
 大人の仕事は、子供たちに表現させることだと僕は思う。繰り返しになるが、暴走行為は容認できるものではない。しかしあれに近い分かりやすさで、葛藤をむき出しにさせることだ。子供を潜らせてはいけない。子供の表現を、彼らの内側に向かわせてしまっては、彼らの心に歪みが生じたときに、解決の糸口を掴むことができなくなってしまう。
 もしバイクが子供たちに、正しい方向で与えられれば、ある種の表現方法になり得るし、いい意味でのはけ口になる力を持っているはずだ。
 バイクは、乗り手に高度なコントロールを要求する乗物だ。アクセルを開けるだけでは、バイクに乗ることはできない。ただハンドルを曲げればいいというものではない。減速は難しい。失敗はすぐに自分の体にはね返ってくる。
 子供は、さまざまな事柄を制御する術を身につけながら、成長していく。寝返り、つかまり立ち、あんよ、そして、走る。親との関係、兄弟との関係、友達との関係。ガマンしなくてはならないこと、静かにしなくてはいけない場面、食べなくちゃいけないもの……。体の発達も心の発達も、コントロールが根底にある。
 だから、子供の頃からバイクに乗ることは、決して無駄にはならないはずだ。何しろエンジンがありスピードが出る分、自転車よりも、一輪車よりも、高度なコントロールが必要なのだ。

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 スクールが始まり、PW50にまたがった子供たちは、みんなキラキラとした瞳をしていた。しかしどこか淡々としているようにも見えた。大声ではしゃぐ子はいない。怖がる子もいない。バイクを倒して泣いたのは、ひとりだけだ。
 彼らの目が驚きで見開かれたのは、エンジンをかけ、アクセルを開けた瞬間だった。アイドリングではポロンポロンとかわいい排気音だったPW50も。アクセルオンでは一人前の2ストサウンドを響かせる──といっても、それはスクーターよりもよほどかわいらしく、2スト乗りなら思わず微笑んでしまうようなものなのだが──。
 その瞬間、子供たちは「すっげー」と叫びはしなかったけれど、「わぁ」という笑顔になって、一緒に参加している親の顔を見上げた。PW50のエンジン音は、子供たちには十分なインパクトがあった。自分の手のわずかな動きが、大きな反応になって返ってきたのだ。
 子供たちの目に驚きが浮かんだその瞬間だけでも、このバイク教室の意味があったと思う。教室を通して彼らの体内に何かが残ったとしたら、間違いなくあの瞬間だったのだと思う。
 ただ、その発露のしかたの静けさが、やはり気になった。「うひゃあ!」とか「すっげぇ」とかいう叫び声を聞きたかったし、制止に耳も貸さずに勝手にエンジンをブン回してほしかった。
 勝手に走りだしてしまう子もいない。コースをはずれてどこにかに行ってしまう子もいなかった。思いっきりブレーキをかけて、フロントからすっ転ぶ子もいない。
 きれいに一列に走り、決して前の子を抜かない。子供たちは、初めてバイクに乗ったゼ! というよりも、淡々と規定の課目をこなしているようにも見え、とても静かに、インストラクターの言うことをよく聞いていた。
 みんな、とてもいい子だった。飲み込みの速さも、大人たちの想像を超えていた。17人の子供は、全員がわずか1時間のうちに簡単なパイロンスラロームをこなせるようにあったほどである。最年少は、5歳のナオキとマドカ。マドカは、わずか3ヶ月前に自転車に乗れるようになったばかりの女の子だ。彼女も、見事なまでにPW50を乗りこなしている。そして、その姿はとても安定していた。

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 ゲスト講師として参加した平忠彦もまた、子供たちの成長の早さに驚いていた。
「教えてあげると、どんどん吸収するんだよね。インストラクターの言うことが、すぐフィードバックされるんだ。一緒に走り回るお父さんやお母さんはしんどいかもしれないけど、子供にとっては他ではできない体験だからね」
 お子さんたちを、バイクに乗せる気はありますか?
 平は、三児のお父さんである。
「いや、子供たちが乗るって言えばね……。無理矢理乗せるとか、そんなことはない。いくら僕の子供であっても、みんながみんなバイク好きってわけじゃないしね。ただ、乗りたいって言えば、それをバックアップすることは厭わないけど」
 もしお子さんが、平さんの望まない方向に道を選んだときは、どうしますか?
「うん、自分がそうだったからね……。猛反対はしないと思いますよ。前向きに応援してあげたい。ただ、道を決めるときは自分の責任だってことだけははっきりさせる。失敗をした時、それが自分の責任だと分かるようにしてあげるんです」
 ノービス時代の平は、実家に隠れてレースをしていた。しかし、同じように親に隠れて一緒にレースしていた先輩が、レース中に亡くなった。その連絡は平がした。その時の先輩の親の様子を見て、隠れてレースをするのはやめた。
「オヤジはもう亡くなってたんだけど、母と兄貴は猛反対だったね。もう、勘当に近かった。でも、一切負担をかけないから続けさせてくれって頼んだんですよ。その頃は、経済的に本当に崖っぷちに爪先立ちしてるような状態だった。だから、精神的には強くなったよね」
 やがて実家も、レース活動を認めるようになる。
「優勝を重ねるごとに、周りや雑誌から情報が入るんだね。平んとこの忠彦がまた勝った、と。親としては、やっぱりうれしかったんでしょうね」
 成長と共に、子供が身に付ける自信や誇りは、そのまま親のものでもある。
「一番下の男の子は、今5歳なんだけど、たまにマジェスティで幼稚園まで送ってあげるんですよ。そうすると、他の子たちや先生から『いいね〜』って言われる。そういう時、息子の目の輝きが違うんだよね。そういうのは重要なのかな、と思う」

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 親子バイク教室は、親子の共同作業によるコミュニケーションをひとつのキーワードにしている。一緒に体操をする、バイクを受け止める、そして、バイクに紐をつけ、一緒に走る。そういった作業を通じてある種のリハビリを受けていたのは、むしろ親の方ではなかったかと思う。
 親は気を揉み、はしゃいでいた。乗れないんじゃないか、怖がるんじゃないか……。時には黄色い声で、子供たちに声援を送る。親の顔からは、終始笑顔が消えることはなかった。きっと、親としては存分に子供と触れあい、ある成果を手に入れただろう。少なくとも会話の取っかかりぐらいは作れたはずだ。
 しかし、でも……。僕は子供たちの、わけの分からないパワーに期待していたのだ。

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 小学校4年生の時、僕は友人のナカムラとふたりで、近所の自転車屋にパンク修理に行った。パンク修理も、見慣れてしまうとつまらない。僕とナカムラは、自転車屋の店内を物色していた。
 小汚い自転車屋で、雑然と商品が積み重ねられている。
 なんかねぇかな……。
 と、ナカムラが僕の脇腹をつつく。
 見ろよ……。
 ナカムラが指さす先には、小さなバイクがあった。それは、今までこの店になかったものだ。
「おっさん、コレなに?」
 僕とナカムラは、顔馴染みのオヤジに大慌てで尋ねた。
「ポケバイっつうんだ。ポケットバイクだな」
 ポケバイ……。素晴らしい響きだった。カッコいい。油まみれに黒ずんだ店内にあって、黄色いポケバイは輝いていた。僕は間髪入れずにオヤジに頼んだ。
「乗りたい乗りたい! 乗せて!!」
 困ったのは自転車屋のオヤジである。
「あのな、このバイクは普通の道走っちゃいけないんだよ。ホラ、ナンバーがねえだろ」
 しかし、そんなことで引き下がる我々ではなかった。結局、店の前の道をちょっとだけ、という条件で、僕とナカムラはポケバイを引きずり出すことに成功した。
 ナカムラはいざ乗るとなると、尻込みしてしまったので、僕がポケバイにまたがった。簡単な操作を聞くと、僕はオヤジにエンジンをかけてもらい、走り出した。
 その瞬間は、今でも忘れられない。素晴らしい瞬間だった。アクセルをひねるだけで、バイクが動くのだ! もともと自転車小僧として名を馳せていた僕にとって、ポケバイはこたえられない乗物だった。横を一緒に走るナカムラと大してスピードが変わらないのがやや不満だったが、しかし僕は大いにポケバイを楽しんでいた。
「コレすげえぞ、サル!」
 ソバ屋の息子・ナカムラは、その風貌からサルと呼ばれていた。
「すげえな、ゴウ!」
 名前が剛なので、僕はゴウとしか呼ばれたことがない。
 僕はそのままずっと走り続け、自転車屋の先の角を曲がった。すごい、すごい!「店の前だけ」というオヤジとの約束なんか、はるか彼方にけし飛んでしまっていた。
 角を曲がると、下り坂で、さらに速度が乗った。僕はナカムラを引き離し、さらにアクセルを開けた。速い、速い!
「どうだよサル!」
 そう言いながら振り返ると、ナカムラはオヤジにとっつかまっていた。「コラー!」という叫び声が追いかけてくる。
「サル逃げろ!」
 そう叫んで、僕はアクセルをさらに開けた。しかし、「道路を走っちゃいけない」というオヤジの言葉を思い出すと、急に怖くなってしまった。警察に連れて行かれるかもしれない……。
 すごすごと僕は自転車屋に戻った。
「約束しただろ!」
 オヤジはさほど怒った様子でもなくそう言うと、冷たい麦茶を出してくれた。ナカムラは下を向いて、麦茶を飲むことで笑いをこらえている。
「本気で逃げられたら追いつかねぇから、どうしようかと思ったじゃねぇか」
 僕は麦茶を飲み、ナカムラと突っつき合って、クスクスと笑った。
「ちゃんと乗りたかったら、今度コースに連れてってやっからよ」
 汗を拭いながら、オヤジは笑った。
 昔はこんなことがザラにあった。子供は悪サをして当たり前だったのだ。「子供」なんてもんじゃない。クソガキもいいところだ。周りの大人も、しょうがねぇなあという感じで、サッパリしたものだった。

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 参加した子供たちに初バイクの感想を聞くと、一様に「面白かった」と答えた。もっと乗りたい? と聞くと、うん、と小さく頷く。自分から「もっと乗りたい」と言ったのは、地元のワルガキだけだった。
 しかし、地元ワルガキ3人組とその他参加した子供たちにまったく共通していたのは、
 怖かった?
 という質問に対する反応だった。
「怖くない!」
 どの子もキッとアゴを上げて、誇らしげだ。
 良かった。
 アクセルを開けた瞬間の驚きと、この誇りは、きっと彼らの中で光を放ち続けるだろう。
 教室が終わり、後片づけをしながら──正確には少々さぼりながら──、僕は地元のワルガキ3人組と遊んだ。ワルガキは、バイクに乗せろ乗せろとうるさい。いったん「このヒト、相手してくれる」と認識すると、彼らの要求はどんどんエスカレートしていくのだ。
 相変わらず僕はどう返事をしていいのか分からなかった。昔、自転車屋のオヤジは、ある程度のリスクを(きっと)覚悟して、ポケバイに乗せてくれた。でも今、僕は、彼らだけ特別にPWに乗せてあげることはできない。
 せめてもの罪滅ぼしに、エンジンをかけないことを条件に、広場への坂道をまたがったまま下らせてあげることにした。
 途中までだぞ!
 ワルガキどもは、両手を広げる僕の脇を何とかすり抜けて、坂のもっと上の方まで行こうとする。
 だーめだったら!
 そう言いながらも、僕は、もっと行っちゃえ、どんどん行っちゃえ! と思っていた。

〜 おわり 〜

かつてヤマハが展開していたY.E.S.S.会員向け広報誌に掲載された原稿。好き放題な書きっぷりが笑える。

だってコレ、要はただのイベント取材の原稿だよ? 長ぇよ。主観バリバリだし。しかもヤマハの本なのに、PW50を指して「こんなだせぇバイク……」とかいう子供の言葉を堂々と載せちゃってるし。暴走族の話とか。

媒体の特性は自分なりに咀嚼していたつもりだったが、読み直すと、「げっ、コレが載ってたの!?」と改めてビビる。広報誌という足かせだらけの媒体の中で、自分が感じたことをそっくりそのまま書かせてもらえたのは、奇跡と言わざるを得ない。

でもさ。「ガキ臭さ」って、バイクの根源的な魅力のひとつだ。だから楽しいんじゃねーか。メーカーならそれを認めろよなオラー、と、全身からガキ臭をぷんぷん放ちながら書いた原稿なのだ。

13年前の話だ。Y.E.S.S.は終わり、秩父郡は秩父市になり、上吉田小学校は廃校になった。そしてこの時の子供たちは、全員がバイクの免許を取れる年齢になっている。誰かひとりでもバイクに乗っていたら楽しいな。

ヤマハは今も「親子バイク教室」を続けている。ホンダも「親子でバイクを楽しむ会」を行っている。その他、全国あちこちで草の根的に親子バイク教室が開催されている気配もある。

オレたちがガキの頃は、ガキは本当にただのガキで、勝手に面白そうなモノを見付けては、オトナが何を言おうとそこ目がけて前のめりで突撃していった。多くのガキどもが「大きな声では言えないエピソード」を経て、バイク乗りになった。

でも、世の中はすっかり整備された。せめて、親子バイク教室のような機会でもなければ、ねぇ……。

「子供」は英語で「child」。childって、よーーーく見ててみ。child → childck → clhick → click CLICK! ホラ見て、クリックになったよ!!にほんブログ村 バイクブログ バイク モータースポーツへ←クリックになったんだよ!!!

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コメント

先日友人がうちに来たときに、その子供(2、3歳)がバイク~!というので、
モンキーのエンジン掛けてまたがらせてあげたんですよ。

子供の笑顔とは正反対の、友人の嫁はんの渋い顔が悲しかったなぁ。
そういう家庭って、多いんだと思いますよ。

投稿: jose | 2011.04.21 20:23

>joseさん
ユーザーさん取材をすると、「家族に反対されて」という話、よく聞きます。バイクってホント、いろいろややこしいですよね〜。

投稿: ごう | 2011.04.22 20:58

先日、うちの子供をBKSSっていうスクールに連れて行きました。傍から見てるとおとなしく練習してるように見えましたが、後から聞いたら、ライバルを勝手に設定して秘かに燃えてたみたいですよ。
最後に模擬レースをやったんですが、そりゃもう熱い戦いでしたよ。
バイク雑誌じゃない雑誌にこういう記事いっぱい書いてほしいな。と思いますよ。

投稿: おねp | 2011.05.09 23:40

>おねpさん
ブログ拝見しました。
http://ameblo.jp/onebopapa/entry-10878739996.html
バイク乗りに共通する「素晴らしき永遠の中2魂」は、幼稚園〜小学生低学年にかけて醸成されるらしいことが分かる、とても貴重なレポートですね!

ブログ中の「誰かに追いついた時や、追いつかれた時、急にスイッチが入ります」は、昔から変わらないオレそのものです。

投稿: ごう | 2011.05.10 08:31

おや、ダメ人間ブログを読んでくれたのですね~。
子どもを見てたら、普段いかに自分がスイッチが入ってしまわないように抑えているかがわかって、ちょっとさびしかったですよ。
でもそのおかげで大けがせずに済んでる気もするので、ビミョーですね。

投稿: おねp | 2011.05.13 00:56

>おねpさん
大人の場合、スイッチ入れるための環境作りが必要ですよね〜。オレは周囲の人々に「おとなげない」とか「5歳児!」とかよく言われますが、何を言っているのかさっぱり意味が分かりません。

投稿: ごう | 2011.05.13 10:20

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