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wide open ──アクセルを開けろ!──

 阿部典史が、3位を走っていた。
 2005年4月24日、スーパーバイク世界選手権第3戦バレンシア大会、レース1。8番手グリッドからスタートした阿部は、4周目に同じヤマハYZF-R1に乗るアンドリュー・ピットをパスし、3位に上がった。
 僕は人生で初めて、青空の下でレースを観戦していた。バレンシアサーキットのプレスルームには屋外のテラスが設置されており、そのシートからコースのほぼ全周を見渡すことができる。
 上空を、ぽっかりとした雲が渡る。その影がいくつもコースを横切っていく。風は少し強いが、心地いい。透明な空気を震わせる乾いたエキゾーストノートは、何も残さずにきれいさっぱりと消えていく。
 こんな日に、プレスルームに閉じこもってただモニターを見つめているなんて、もったいなさすぎる。
 広い空の下で、ライダーたちはミニチュアのように小さくしか見えない。けれど、何かが確かに伝わってくる──。

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 トップのトロイ・コーサーは、もうだいぶ先に行ってしまった。でも、今のポジションをキープできれば、阿部にとって2001年スペインGP以来の表彰台だ。残り19周、18周…。周回数を重ねるごとに、4年ぶりの表彰台が近づいてくる。
 終盤、2位を走るホンダのクリス・バーミューレンのペースが落ちてきた。阿部のR1が、少しずつCBRに近づく。やがてバーミューレンの直後についた阿部は、何度も揺さぶりをかける。ストレートでは離されるが、コーナーは阿部の方が速い。すでに勝負所は決めているだろう。あとはタイミングだ。
 そして22周目の4コーナー。僕のいた位置からは、白い砂煙だけが見えた。バーミューレンは、何事もなかったかのようにコーナーを立ち上がっていった。阿部の表彰台は、砂煙の向こうに消えた。
 でも、なぜかとてもすがすがしい。それはバレンシアの澄んだ空気のせいだけではない。プレスルームを出て、階段を駆け下りる。走って阿部のピットに向かいながら、僕は3日前の夜のことを思い出す。

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 4月21日、木曜日。サーキットに、エキゾーストノートは響かない。夕食時を迎えたパドックは、テントからの明かりが漏れ、食器の触れあう音と笑い声が聞こえてくる。
 ヤマハモーターフランスのホスピタリティでは、テーブルのひとつを日本人スタッフが占拠していた。他にいくつかあるテーブルについているのは、ほとんどがフランス人。流麗なフランス語に、ガサついた日本語が覆いかぶさる。「ヤツらに負けてられるか」とばかりに大声で話し、大声で笑っている。
 中心的な存在は、YZF-R1やR6のキットパーツ開発に携わっている猪崎次郎だ。その声はひときわ大きい。
「明日以降の晩飯も、これぐらい笑ってられるといいな。なあ!?」と、阿部に話を振る。
「そりゃあもう、バイク次第ですよ!」と、すかさず反撃する阿部。
「いや、メカの仕事次第かな」と、チーフメカニックの難波恭司を牽制して笑っている。ブレーキメーカーのニッシンのスタッフに、「いや、やっぱブレーキかな」。阿部の言葉に全員爆笑だ。
 笑いながら、「何言ってんだ、最後はライダーだよ、ライダー」と猪崎が言った。
「気合い入れて、開けりゃいいんだよ、アクセルを!」
 僕は一瞬、ひやりとした。GPで3度の優勝を果たした男に向ける言葉としては、そぐわないのではないかと思った。
 でも阿部はまったく気にするふうはなく、「アクセル開けたって、バイクが走んないんじゃなあ」と口を尖らせている。
「うわ、言うなぁ!」と猪崎。
「でもさ、そこをノリックの腕がカバーしてくれるんだろ?」
 再び大笑いだ。
 実際のところ、各メーカーのマシンを見て回った限りでは、阿部のYZF-R1に優位は感じられなかった。つぎはぎだらけと言ってもいい。
 僕は、彼らの笑いにくるまれた、大きなプレッシャーを感じずにはいられない。今、与えられた条件の中で、そのプレッシャーに立ち向かうのが、彼らの仕事だ。
 ちらりと腕時計を見て、「お先に」と阿部がモーターホームに戻る。「日本人テーブル」に、静かな空気が漂う。
「ただのバカ話だと思うでしょ?」と猪崎。
「だけどね、こういうバカ話でも、ライダーがノッてくれればいいんですよ。レースしてる時、ナニクソってアクセルを開けてくれりゃ、それでいいんだ。こうやって周りが盛り上げれば、ライディングだって少しは変わる。僕はそう信じてるんだよね」

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 阿部の転倒を知ったピット内では、スタッフがモニターを凝視していた。そのスキを突くかのように、思いがけないほど早く、背後から阿部がピットに戻ってきた。
「アイムソーリー」と、スタッフに謝って回る。チームオーナーのマルシアール・ガルシアは、阿部の顔を見て、「すごくファンタスティックだったよ」と屈託のない笑顔を浮かべている。チーフメカニックの難波恭司は、「謝る必要はないよ。謝る必要なんかない」と阿部の肩を叩く。
 ガルシアの笑顔と、難波の言葉。それはチームの総意、引いてはレースを見ていた多くの人々の総意だった、と僕は信じたい。
 レースを終えた日曜日の夕方、阿部は何人もの関係者や観客に、「グッドジョブ!」「ナイスレース!」、よくやったね、と声をかけられていた。もちろんそれは5位で11点を獲得したレース2ではなく、転倒して0点に終わったレース1のことだった。
 僕は後片づけに追われる何人かのチームスタッフに話を聞いて回った。阿部のレース1は、本当にあれで良かったのだろうか?
 チームオーナーのガルシアは、「レース中のすべての出来事は、ライディングしている彼だけが判断できることなんだよ。だから、レース1の彼の走りにも、転んでしまったことにも、何の不満もない。むしろ、パワー不足のマシンで頑張ってくれたことに感謝しているんだ」と言った。
 メカニックの矢内淳一は、「そりゃもう、イケイケでしょう!」と、ニカッと笑う。「だって彼は、レーシングライダーですよ。僕なんかは『いいからイケ!』『とにかくイケ!』としか思わないんですよね。
 転んじゃったものはしょうがない。バイクなんていくら壊れたって、我々が直す。ただ、ケガだけはしてほしくないですけどね」
 2位を争ったことに関しては、「当然のポジションを走ったってだけ」と、あっさりしている。「彼はトップライダーなんだから、表彰台争いをして当たり前。ようやく『本来いるべき場所』に来られたな、としか思いませんでしたよ」
 ドイツ人のデータマン、イーバウワー・ユーベルトは、「すごくビューティフルなレースだったよね!」と興奮気味だ。
「ザッツ・レーシング。ノリックは、素晴らしいレースを見せてくれたと思う」
 そして、レース1をこう解析している。
「ノリックは、決してバーミューレンを抜こうとして無理をしたわけじゃないんだ。それはデータを見れば分かる。ただいつものように集中して走っていただけだ。まるで精密機械みたいにコンスタントにタイムを刻むのが、ノリックの優れた点だ。でも、あのコーナーでは、ちょっとアクセルを開けるタイミングが早かったんだ」

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 チームのスーパーバイザーを務めているクリスチャン・サロンは、元世界GPチャンピオンらしい見解だ。
──もしあなたがあの時の阿部選手だったら、どうしましたか?
 一瞬ためらってから、サロンは言った。
「僕なら、最終ラップまで待った。バーミューレンの走りは荒かったから、後半は絶対にタイヤがつらくなるだろうからね。でも…」と、肩をすくめる。
「こればっかりは、実際、その時になってみないと分からないよ。彼は彼のスタイルで走った。それだけのことなんだ」
 そして、こう続けた。
「彼には3位をキープするという選択肢があった。それは確かだ。でも、彼のあの走りには、我々の未来があったと思うよ」
 転倒し、0ポイントに終わったレースでも、そこに未来を感じる、というのだ。
「だってさ、これはレースだよ? 目の前にタラタラ走ってるライダーがいれば、そりゃ行くしかないでしょう」と、猪崎は明快だ。
「いつも思うんだけど、1億円かけたバイクだって、もしライダーの気持ちが乗れなかったら、絶対アクセルが開けられないもんなんだよ。でも、例え100万円しかかかってないバイクでも、周りが盛り上げて『オラ、行け〜っ!』と押し出してやれば、彼らはアクセルを開けるんだ」
 僕は再び、木曜日の夕食を思い出す。
──あの晩、阿部選手に「アクセルを開けろ」と言っていましたよね。レース1で彼が攻め切ったことに、少しでも影響があったと思いますか?
 猪崎は、「いや、そんなおこがましいことはまったく思わない」と即答した。自分たちの本来の仕事は別のところにある、と。
「ノリックは、例え70%のバイクに乗せたとしても、100%のポテンシャルを引き出す。生まれつき高い技量やバランス感覚を持っているんですよ。だから我々としては、ヤツの言葉をしっかり理解して、ヤツの求めるマシンを作らないといけない。うまくヤツの世界に踏み込んで、ヤツの感じていること、望んでいることを引き出すのが仕事なんだ。
 そうして100%のマシンを用意できれば、もっとすごいパフォーマンスを見せてくれるはずなんだ」
 でも、と猪崎は続ける。
「ノリックみたいに才能のあるライダーと仕事をしていても、やっぱり最後は、人と人がどう接するかってところなんだよ、レースって。それはレースのレベルに関係ない。乗ってる人間の気持ちと、バックアップしてる人間の気持ちがひとつになって、みんなが一生懸命になれるのが、レースなんだ。リザルトには結果しか載らない。けどさ、そこに至るまでには、人間同士のドラマがあるんだよ」

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「あそこで行くしかないと思っていた。仕掛けるなら、あのコーナーしかなかったんですよね」と阿部は言う。前を走るバーミューレンのペースが落ちてきた以上、抜いて前に出るという選択肢しか、彼にはなかった。
「でも、バレンシアってなかなか抜けないコースなんで、ちょっとイライラしたかな。アクセルを開けすぎましたね。
 いやあ、それにしてもあの転倒で、ずいぶんいろんな物を落としちゃったなあ。初表彰台とか、ボーナスとかね」
 後悔していないわけではない。でも、笑顔だ。それには理由がある。
「自分にすごく安心できたんですよ。3位表彰台は確実って状況でも、目の前に他のライダーがいれば、オレはまだ攻めていけるんだってことが分かったから。
 悪いレースが続くと、どうしてもポイント獲得のために、ポジションをキープする走りになる。GPではずっとそんな感じだった。
 でも、今回は攻め切れた。もちろん、絶対に転んじゃいけなかったのは確か。だけど…、あの走りは次につながるんですよ」

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 クリスチャン・サロンも同じことを言っていた。「あの走りには、未来がある」と。
 その意味が、僕にはよく分かった。あのレースで、阿部はR1のアクセルを思いっ切り開けていたのだ。簡単なことだが、それがレーシングの基本だ。ライダーの仕事は、何はともあれアクセルを開けること。そしてチームの仕事は、ライダーにアクセルを開けさせるマシンや環境を作ることだ。
 アクセルを開けなければ、マシンは前に進まない。これは、どんなレベルのレースでも決して変わらない真理だ。
 もちろんそこにはリスクがある。しかしその上でなお、彼らはアクセルを開けようとする。背負っているもの、支えてくれる人、いろいろな動機があるだろう。でも、最後に残るのは「速く走りたい」という純粋な思いだ。その純粋さに、人は心を打たれる。
 バレンシアの青空の下で、まるでミニチュアモデルのように小さく見えたライダーたち。ヘルメットに陽光が反射して、あちこちでまばゆい輝きを放っていた。その光の色や大きさは、どれも違う。けれど、誰もが思い切り、右手をひねろうとしている。だからこそ、輝いているのだ。

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RIDING SPORTS誌 2005年7月号掲載/撮影:高島秀吉 文:高橋剛)
※文中の肩書き等は2005年当時のもの

後記:5年前に書いたこの原稿を、ふっと思い出した。なぜだか分からないけど……。にほんブログ村 バイクブログ バイク モータースポーツへ

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