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Delightful 8hours ── 笑顔が彩るノリックの8耐 ──

そのピットはいつも明るく、華やいでいた。強い信頼関係で結ばれた男たちは、厳しい状況も軽々と笑顔で乗り切った。タフなプロフェッショナルたちの8時間の戦いぶりは、爽やかで、鮮やかで、楽しげだった。

BiG MACHINE誌 2007年9月号掲載)
(撮影:長谷川徹 文:高橋剛)

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「阿部、転倒!」というアナウンサーの絶叫が、鈴鹿サーキットに響き渡った。2007年7月27日、鈴鹿8耐の計時予選1回目の最中だった。その瞬間、ヤマハレーシング81のピットの空気は微動だにしなかった。焦りも緊張もいら立ちもなく、ただフラットな時だけが流れていった。
 しばらく経って、転倒したマシンと笑顔の阿部典史が戻ってくると、ピットはむしろ華やいだ。ライダーの阿部と、テクニカルディレクターの金子貞彦が何やら楽しげに語り合っている。彼らの前にあるゼッケン81を付けたYZF-R1は軽く破損し、阿部のレーシングスーツはグラベルの砂ぼこりで白んでいた。
「もう、どのコーナーも滑りっぱなしで」と説明しながら、阿部は笑顔を絶やさない。強面で知られる金子も微笑んでいる。しかし阿部の言葉を一言たりとも逃すまいと、張り詰めてもいた。
 ひとしきり談笑した後に、阿部はメカニックひとりひとりに握手をして、「お疲れさまでした」とあいさつをかわすと、さっとピットを立ち去った。残ったスタッフたちは一気に表情を引き締めると、手際よくR1の修復作業を進めた。

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「客観的に見たら、おかしな場面だったでしょうね。転倒したのにみんなで笑い合ってるんだから」と阿部。
「でもあの笑顔は、僕たちのチームがものすごく厚い信頼関係で結ばれていたことの証なんです。僕もスタッフを完全に信頼し切っていたし、彼らも僕のことを理解してくれていた。
 転倒後、まずはスタッフみんなに謝りました。やっぱり申し訳ないことをしたと思うから。でもみんなは『ケガがないなら全然OKだよ』と言ってくれた。そのうえで、『阿部が転んだってことは、それなりの理由があったはずだ』と考えてくれたんです」
 決勝に使う予定のタイヤを履き、阿部はレース前半を想定したハイペースで走ってみた。そのペースにタイヤがついてこなかった結果の転倒だった。
「結局、そのタイヤは決勝で使わないことにしたんです。転びはしたけど、『今のうちでよかったよなぁ』って、みんなが前向きだった。あの瞬間、転倒がマイナスになるなんて、誰1人思っていなかったんですよ」

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「厚い信頼関係」と阿部は言った。しかしヤマハレーシング81は、ワイズギアレーシングとして全日本ロードを戦うスタッフに加え、8耐のために新たな人員を配した急造混成チームだ。転倒にも揺るがない信頼を築くには、8耐のレースウィークは短い。
「お互いに、よく見ることだと思いますよ」と阿部は言った。
「みんなの仕事ぶりや表情を見て、今何が必要なのかを捉えるように心がけてました。つらそうな時には楽しんでもらえるように声をかけたりね。
 逆にスタッフも僕をよく見て、今は楽しんでいい時、今は引き締める時、というペースをつかんでくれたんだと思う。だからこそ信頼し合えたし、楽しく過ごせた」
「楽しく」は、8耐に臨む阿部の口から何度となく発せられた言葉だった。
「僕はいつもメカニックの人たちの働きぶりに『自分にはできないなあ』と感心するんです。そんなハードの仕事だったら、少しでも楽しくなきゃやる気も出ないでしょう? 働くことに喜びがないと、ただツライだけになる」

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 ヤマハのファクトリーライダーとして'世界グランプリを戦い続けてきた阿部は、'99年、サテライトチームから出場することになった時に、大きく意識を変えたという。
「それまではファクトリーライダーとして守られてきたけど、サテライトチームに入って『これは自分でリーダーシップを取っていかないとダメだ』と、気持ちを切り換えたんです」
 チームにレベルアップを求める以上、自分の走りも当然おろそかにできない、と考えた。
「じゃないとカッコつかないし、誰もついてこないでしょう?」
 スーパーバイク世界選手権、そして全日本ロードと舞台を変えても、阿部のスタンスはまったく変わらなかった。その根底にあるのが、「楽しんでもらう」という方法論だった。短時間で8耐チームをまとめあげられたのは、その成果の結実である。

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 ヤマハレーシング81/21の両チームをサポートした往年の名ライダー、河崎裕之はこう言った。
「初めての8耐でいろんなことがありながら、しっかりとチームをまとめた。チームとのコミュニケーションを大事にするノリならではのやり方がうまくいきましたよね。精神的に強くて、しかも元気で妥協しないノリのおかげで、みんなも成長できたんじゃないかと思います。今回の8耐で、ノリは勝利以上の貢献をしてくれた。この流れがヤマハ全体に波及してほしいですね」

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 決勝レースは5番手をコンスタントに守りながら、予期せぬトラブルで9位に終わった。全日本を共に戦っているワイズギアレーシングの伊藤巧監督は、阿部との仕事をこう振り返る。
「楽しみながらもやる時はやるという僕らのカラーが確立してきた。阿部選手の一生懸命さをより深く理解できたことを含め、得るものが非常に多い8耐でしたね。順位は最後にマイナス4位になってしまいましたが、それ以上のプラスがあった。……彼とは、長く付き合っていきたいですね」
 レース明けの月曜日、阿部は打ち上げの食事会にチームスタッフを招き、屈託なく笑い合った。全員の意識が前を向いていた。

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阿部典史 Norifumi Abe
1975年9月生まれ。'93年、全日本ロード500ccクラス王座獲得。翌年から世界グランプリに参戦し、11シーズンで3勝を挙げた。'05〜'06年はスーパーバイク世界選手権に出場。今季は13年ぶりに全日本に参戦中。8耐は今回が初出場。愛称は「ノリック」。

ピット作業は完璧な仕事ぶり
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「鈴鹿300kmでピット作業自体は経験したけど、ライダー交代は初めて。そもそもチームもライダーも8耐初体験ですから(笑)。でも事前にスタッフがかなり練習をしてくれたおかげで、レース本番でもまったくミスがなく、経験豊富な8耐トップチームにも引けを取らない仕事をしてくれました。レースを人に託すのも初めてでしたが、チームメイトのジェイミー・スタファー選手とは『頼んだぞ』『任せてくれ』という感じで、信頼し切っていました。交代してからは自分の体力回復に手一杯で、心配しているどころじゃなくて(笑)」

手こずった周回遅れのパッシング
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「スプリントレースではほとんど経験がないですからね〜。これは手こずりました。すんなり抜ける時もあるけど、イケないとハマッちゃう。1度ハマるとタイムを大きくロスするのでイラだったりする。悪循環でした。速いライダーがズバッと抜いていくのを見ると、自分は思い切りが悪いのかなあ、と。とにかくミスによるコースアウトや転倒だけはしたくなかった。『ぶつけちゃいけない』っていう意識も意外と強かったなぁ。優しいですから(笑)。周回遅れの処理は、ホントに経験不足としか言いようがない。今後の課題です」

ハンパじゃない暑さにひと苦労
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「幸か不幸か決勝レース中はずっと天気がよくて、暑さはホントにキツかった! 考えてみれば1回の走行が約50分で、スプリントのひとレース分以上。それを4回ですからね。路面状況は変わるし、周回遅れも多いしで、体力も気力も消耗しました。何よりキツかったのは、休憩を終えて再び走り出す時。装具を脱いで水風呂に入り、一息入れたと思ったら、すぐに次の走行が始まるんですよ。自分を『走りモード』に切り換えるのが大変でした。でもタイムを落とすこともなかったし、うまく自分をコントロールできたんじゃないかな」

目を凝らして乗り切ったナイトラン
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「ホントは、夜間走行はチームメイトに任せたかったんです。僕が走ってみたら全然見えなくて『これはヤバイな』って苦手意識があったから。オーストラリア人のジェイミーは、夜でも視力が落ちないと言われているブルーアイで、実際走ってみても『よく見えるよ。全然問題ない』ってことだった。でも、タイムは僕の3秒落ち(笑)。そんなこともあって僕が夜間走行することになりましたが、よく見えないわ疲労も蓄積してるわでツラかった〜。ヘッドライトももっと明るくしてほしい。市販車みたいに2個付けてもらいたいですね」

フィナーレで気付いた達成感
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「最後の最後に順位を落としてしまい、僕としてはチェッカーを受けた時はガックリ、グッタリでした(笑)。ところがまわりのライダーはみんなイキイキ、ニコニコと喜び合ってる。夜の静かな時間帯にヘッドライトの光が交錯して、スプリントレースでは味わえない独特なフィーリングでした。その時に、『ああ、8耐はやっぱりお祭りなんだ。完走したことを喜んでいいんだ』と思えた。それで気を取り直してバーンナウトしたんです(笑)。ファンと一体になって味わった達成感は、確かに8耐ならではのものでしたね」

後記:
結局、ノリックが8耐に出たのは、この1回きりだった。参戦が決まるまでは、「暑いし、大変そうだし、出たくないんですよねぇ」と言い続けていたノリックだったが、鈴鹿サーキットでの彼はとても楽しそうだった。彼の8耐を見て、こうして書き留めておくことができて、ちょっとはよかったのかな。
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コメント

18日、仙台ハイランドにて 伊藤真一君と会って来ました。18年ぶりだけど、同い年の強みで会話。
ノリックの話で盛り上りました。
相変わらずのハンサムでしたな。

投稿: 吉田大佐 | 2010.07.19 15:05

>吉田大佐
伊藤さん、マジでカッコいいッスよね! いつもホレボレします。

投稿: ごう | 2010.08.02 19:05

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