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宮崎敦は熱かった

全日本ロードレースの取材で、岡山国際サーキットに行った。

仕事だから仕方がないが、行くのはイヤで仕方がなかった。場所といいタイミングといい、思い当たることがいくつもあって、ものすごく気が重かった。

そこに雨が追い打ちをかける。ぐしゅぐしゅになった靴下。プレスルームに戻れば、PowerBookの上に雨滴がぼたぼた垂れる。拭く気にもならない。何だかもう、すべてに嫌気が差していた。

暗い気持ちは、結局、サーキットにいる間中ずっと続いたが、ST600の決勝レースの間だけはその憂鬱を忘れられた。トップ、小西良輝。2番手、宮崎敦。雨の中、この2人は後続を大きく引き離して首位争いをしていた。

小西に、宮崎が迫る。小西は、優勝してチャンピオンを決めたい。ST600クラス2連覇がかかった大切なレースだ。

宮崎は、今シーズン開幕直前に突然シートを失った。開幕戦には間に合わなかったが、自力で何とか体制を整えた。全日本に参戦し始めた89年から数えると、96〜98年の世界GP参戦を挟み、今年で20年目のレースキャリアを持つ宮崎。02年にワイルドカード参戦した日本GPで優勝した実力者が、節目のシーズンに、「細々」とした体制で、それでも戦い続けている。

宮崎が背後に迫っていることに気付いた小西は、コーナーのインをぴしゃりと閉めるブロックラインにCBR600RRを乗せて、「絶対に前には出させない」という意志を剥き出しにしている。その真後ろの宮崎は、焦れる様子もなく、小西と自分の差異がどこにあるかを見極めながら、勝負所を定めている。

レース終盤になって、宮崎が動く。2度、3度とマシンが交差する。何としてでも前に出たい宮崎。絶対に出させたくない小西。世界GP経験者同士の厳しい戦いが続く。

──以前、宮崎さんに筑波サーキット攻略法を聞いた時、「イメージを持つことだよ」と教えてくれた。その時、僕は1分4秒台で走っていた。「そしたら、3秒台で走る自分をイメージすればいい」と、宮崎さんは微笑んだ。

「でも、僕は3秒台で走ったことがないんですよ。走ったことのない世界を、どうイメージしたらいいんですか?」。そう聞くと、宮崎さんは微笑んだまま言った。

「だけどさ、イメージは自由じゃない?」

人は、自分でイメージした地点にしか到達できないのだ。萎縮したイメージの果てには、萎縮した未来しか待っていない。現実の厳しさからどれだけ自分を解放し、どれだけ自由なイメージを持てるか。

……それは、現実以上に困難なことではあるのだけれど──。

最終ラップ、最終コーナー。思い切りよく速度を乗せて、小西の真後ろで立ち上がる宮崎。今、彼は、トップでチェッカーを受ける自分をイメージできているのだろうか。べったりと上体を伏せアクセルを開ける。2台の600ccマシンが放つ甲高いエキゾーストノートが悲しい不協和音を響かせる。ストレートに入って宮崎が小西の背後からスッと抜け出る。真後ろにいては2位のままだ。2台のマシンが並ぶ。宮崎は小西に迫るがついに前後関係は変わらない。0.069秒差で小西が抑えきった。

クールダウンラップを終えてマシンを降り、ヘルメットを脱いだ宮崎は、真っ赤な顔で悔しさを露わにしていた。今季の苦境からすれば、2位には果てしない重みがある。だから多くの人々が宮崎のもとに祝福に駆けつける。でも、宮崎の笑顔はぎこちなく、キャップを被ろうとする手はわずかに震えていた。

今季、宮崎のチームスタッフとしてレース活動に携わっているファイヤーガレージの店長は、レース前、「朝フリーで全然セッティングが決まらなくてさ。決勝は一発勝負。イチかバチかだよ」と言っていた。そのセッティングはうまく行ったようだった。さっぱりとした笑顔を浮かべながらも、店長は、「あー、ちくしょう、すげぇ悔しいな!」と繰り返した。

「2位になれてよかった」などという安堵は、彼らの間には微塵もない。これは、勝てなかった「負けレース」にすぎないのだ。

記者会見で、小西は少し冗談めかして「誰が一番強いのか見せつけられたシーズンだったと思います」と言った。宮崎を押さえ切った厳しいブロックラインは、確かに言葉通りのものだった。強気の発言にも嫌みがないのは、そこに何の混じり気も飾り気も湿り気もないからだ。

宮崎は、「2位で『スゴイ』って言われるなんて、そろそろ現役を辞めろってことかな」と笑った。「勝てなかったことが本当に悔しい。優勝してスタッフと喜び合いたかったですね。今年は、今まで経験したことがないような苦しいシーズンだったけど、いろんな人に助けてもらえました」

そして、「この場でこんなことを言うのは変かもしれませんが……」と言葉を詰まらると、「人の温かさを感じることができて、最高のシーズンでした」と続けた。その目尻には、少しだけ涙が浮かんでいた。

全日本ロード最高峰のJSB1000クラスでチャンピオンを獲得した中須賀克行が、レース後、こんなことを言っていた。「例えば、3位になろうと思っていたら、3位にすらなれない。勝ちを狙いに行った結果、3位になっちゃうってことなんですよ」

勝利だけがすべてではない。2位にも3位にも、10位にだって、それぞれの意義がある。しかし、最も価値が高いのは、とても清らかな意志に根ざした、勝利をめざす姿勢そのものだ。

宮崎の年間ランキングは、全日本で自身最高の2位になった。

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↑吉田大佐、開眼! 詳しくはこちら。もちろんこれで全部オーライというような簡単な話ではないだろう。いや、大佐ならもしかするとオーライかもしれない。いずれにしても、最悪の事態は免れたようだ。よかった……。

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コメント

僕は剛さんも熱く見えますけどねっ!!笑


吉田さん開眼っ!!してホントに良かったです!!!!!!!

投稿: アクションかめん | 2008.10.08 23:35

>アクションかめんさん
ごうさんは決して熱くない……こともないと言えないこともなくはないのかなぁ。なんでしょう。「オレ、熱いッス!」と素直に言えないこの感覚。

吉田大佐は着実に復調しているようです。詳細は、夏目将軍が随時関東ダートトラック普及委員会のHPにアップしてくださっています。

http://kdpa.jp/

投稿: ごう | 2008.10.21 09:14

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