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バレンタインデーに思ふ

ライターや編集の仕事は、後ろを振り返ることがほとんどないのである。

次から次へと新しい課題が発生し、それぞれに異なる解答を用意しなければならない。同じことの繰り返しは、この仕事をしている限りあり得ない。たった一文でさえ、同じことを書くわけにはいかないのである。そのため、頭の中はいつもフル稼働……と、胸を張れるほど頭を使っていないからまだ何とか生きているが、それでもたまにはため息をつきたくなる。

先日取材に行った先は、僕が社会人として働き始めた会社があった場所にほど近かった。駅からの通勤路を、遅刻間際に何度も走ったことを思い出した。道すがらの建物はほとんど忘れてしまっていたけれど、何本かの木のかたちはよく覚えていた。

会社はすでに移転しているが、ビルはそのまま残っている。入り口の前に立つと、背筋に氷水を垂らされたような感覚に襲われる。叫びながら走って逃げ出したくなる。初めてここに立ったのは92年5月だったと思う。僕はまだ学生で、何一つ分かっちゃいなかった。それからちょうど10年間働き続けて、その時と同じように何一つ分かっちゃいないくせに、分かっちゃいないってことを見失いかけていたようだ。

自分の核のまわりを、何かもっさりしたものが包み込んでいる。そういう澱が自分にたくさんまとわりついていることに、澱が増えただけで自分の核は何も進歩していないことに気付かされるから、このビルの入り口はなんだか居心地が悪いのだ。節目なんていう言葉は全然好きではないけれど、そんな時期なのかもしれない。

何度も立ち寄った角のタバコ屋でマイルドセブンを買う。一緒に買った百円ライターで火を点ける。一口だけ煙を吸い込むと、すぐに携帯灰皿にねじ込んだ。スーツの内ポケットからグアテマラ産の葉巻を取り出す。先端を噛みきり、ダンヒルのライターであぶる。深々と吸い込む。何度も、何度も。もはやこうするしかないのだ。こうするしか……。ぼんやりとした紫煙に包み込まれながら、僕は駅に向かった。

ホントはタバコなんか吸いません。ホントはスーツなんて着てませんでした。元勤めていた会社のビルに行ったのはホントです。あと。何一つ分かっちゃいないのもホントです。ごめんなさい。

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